第83話 セリーヌの思惑
最奥の玉座の間に、静かに火花が散る。
セリーヌと、“欠落者”。
どちらが、強者かなど語る必要すらない。
セリーヌは、反撃の隙すらなく、“欠落者”に一方的に攻撃を受けていた。
刃は形を変え、重さを変え、間合いを嘲るように届いた。掠めただけで、空気が泣き叫ぶ。セリーヌの外套が裂け、白い肌に血が滲む。
それでも、彼女の心は――奇妙なまでに、静かだった。
むしろ、心の底から安堵していた。
“王”がいない。どこにも。
殺されたのではないことを、彼女は知っていた。
この場に血の匂いがないこと。あの玉座に、死の気配がないこと。
――あの御方は、すでに引いたのだ。
それが、どれほどの意味を持つのか。セリーヌにしか分からない。
そして、もう私の出番も終わりだ。
この命も、この剣も、ここで尽きる。
「それでいい」と、セリーヌは微かに笑った。
その瞬間だった。
――煉獄の炎が、彼女を掠めた。
熱風。怒り。咆哮。
赤黒い火焔が玉座の間に突如として吹き荒れ、空間を焼いた。“欠落者”の変容する剣が、その熱を嫌ったように一瞬うねりを止める。
セリーヌの髪がふわりと舞い上がる。頬に焼けるような熱が走った。だがそれは、彼女を狙ったものではない。
この戦場に、新たな意志が割り込んだのだ。
剣ではない。
はたまた、奇跡でもない。
――存在そのものが、灼熱だった。
「……遅いよ、イグニス」
セリーヌが呟く。
炎の向こう、黒焦げた石の床に、紅い影が一つ。
現れたのは、男だった。
焔を纏いながら、静かに歩み寄る青年。
名を焔闘者、イグニスという。




