表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
欠落者  作者: 喜國 畏友
国家罹災編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/222

第80話 再開

 瓦礫の影が揺れた。

 風の音と、アザミの鼓動だけが響いていた。


 ダチュラは動かない。ただ、そこに立っている。


 アザミは息を詰め、足を一歩――踏み出しかけて、止まった。

 胸の奥がざわつく。懐かしさでも、安堵でもない。言葉にできない何か。喉元までこみ上げてきた問いが、どうしても口に出せなかった。


 やがて、静かに。


「……あなた、誰?」


 ダチュラが、そう言った。


 その声に、アザミの身体が凍りつく。

 低く、落ち着いた声。確かに、あの頃と同じ音色だった。けれど――その目に、微塵も“知っている”色はなかった。


「……え?」


 思わず、声が漏れた。カルロの身体が背中でわずかに揺れる。


 ダチュラは、顔を僅かに傾けた。

 その仕草も、かつての彼女と変わらない。だが、そこにあるのは空白だった。


「私の名前……

 それ、今、初めて聞いた気がする」


 アザミは口元を引き結んだ。視界の端が歪んでいく。

 あらゆる感情が喉に詰まり、言葉にできない。


(忘れてる……?)


 確かにそこにいるのに。確かに、彼女なのに。

 目の前のダチュラは、自分を知らない。記憶を、全て喪っている。


「あなた、本当に……“ダチュラ”な、の……?」


「それが、私の名前なら……そう、なんでしょうね」


 ひどく他人事のように、彼女は言う。

 まるで自分という存在すら、どこか遠くの出来事のように。


 その時、アザミの中に、怒りとも悲しみともつかない感情が渦を巻いた。喉元まで届いていた何かが、破裂するように溢れ出す。


「ふざけないでよ!」


 叫んだ瞬間、喉が焼けるように痛んだ。

 驚いたように、ダチュラの目がわずかに見開かれる。


「私たちは……あなたのために……!」


 でもその先は、続かなかった。

 崩れ落ちるように、アザミは膝をついた。背中のカルロがずるりと滑り落ち、地面に倒れた。


「――ッ!」


 慌てて体を支えようとしたその瞬間、ダチュラが動いた。


 速かった。かつての彼女と同じ、隙のない動き。

 カルロの身体が落ちる直前、その腕が彼を抱きとめていた。


「……!」


 目の前に、ほんの一瞬、昔の彼女が重なった。

 冷たく、鋭く、けれど誰よりも強く――誰かを守ろうとする、その姿が。


 アザミは、放心したようにその光景を見つめた。


 そして、その時気づいた。

 たとえ記憶がなくても、彼女の“核”は――まだ、そこにあるのかもしれないと。


 静かに風が吹く。夜の闇が、二人と一人を包むように揺れる。


 始まりは、ここからだった。

 記憶を喪った“ダチュラ”と、彼女を知るアザミ。

 その間に横たわる、埋めがたい断絶。


 けれど、運命はまた、彼女たちを引き合わせた。


 ――死んだはずのダチュラが、生きている。

 それだけでも、この世界は、まだ終わっていない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ