第75話 現実
アザミは泣いていられなかった。
泣いて、許されるなら泣いていた。けれど、カルロの呼吸はまだ微かにある。
「しっかりして……カルロ……!」
傷口を押さえながら、震える声で叫ぶ。血は止まらない。視界がにじむ。どこかで、サイレンのような音が聞こえた気がした。
救急は――間に合わない。
彼の能力は「転移」。
だが、今の彼に力は残っていない。使えないなら――代わりに動くのは、アザミの方だ。
「待ってて……絶対、助けるから」
気がつけば、彼女はナイフを投げ捨て、カルロを背負い、走っていた。倒壊しかけた建物の裏路地を抜けて、かつてセリーヌに教わった“緊急避難ルート”へと入る。
瓦礫の影を縫うようにして、地下医療室へ。
血の気のない顔で、カルロは意識の底に沈み続けていた。
けれど――
「……! 脈、ある……!」
応急処置を試みる手が震える。所詮、独学だ。
限界はある。プロではない。けれど、助けられる可能性があるなら――その“賭け”に彼女はすがった。
そのとき。
「やっぱり、彼を救うのは君しかいなかったね」
不意に、後ろから声がした。
アザミは、振り返る。そこにいたのは――白衣を着た少女。まるで実験体のように冷たい眼をした少女だった。
「誰……」
「“三光”を殺した者の名を、知ってる?」
凍りつくような言葉。
アザミは即座に警戒するが、彼女――は、ゆっくりと前に出た。
「……何が言いたいの」
「“予言者”は、未来を変える力を持たない。
けれど、“見せる”ことはできる」
「彼女は、悲しい運命だったね」
「なにを言ってるの?」
「答えて! あなたは誰!?」
「私かい?
そうだね、"荒地の魔女"とでも名乗っておくことにしようか」
彼女は、月面のように冷たかった。




