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第72話 追いかけて追いかけて
黒い背が、崩れかけた街の向こうに揺れる。
「……おい、馬鹿野郎!」
カルロは叫びながら、瓦礫を蹴って走った。火の粉が空に舞い、焦げた木材の匂いが鼻を突く。だが、それに構っている余裕などなかった。灼けるような熱気も、焦土に変わりゆく景色も、今の彼には背景にすぎない。
セリーヌは、一度も振り返らない。まるで最初から、誰の声も届かない場所にいるかのように。足取りは迷いなく、むしろ悲壮な覚悟に満ちていた。
――あの野郎、完全にテンパってやがる……!
怒りとも、焦りともつかない感情が胸の内で渦巻くが、それをぶつけるためには、まず追いつかねばならない。滑る石畳を踏みしめ、傾いた建物の影を縫うようにして、カルロは前だけを見据える。
煙の帳の向こう、炎に照らされてセリーヌの姿が一瞬だけ浮かび上がった。黒髪が風に揺れ、炎の赤に包まれる彼女の背中は、まるで幻のように遠い。
逃げるでもなく、導くでもなく。ただ、まっすぐに。
カルロはその影を目指し、歯を食いしばって、迷いなく駆けた。




