第70話 帰還
『国家罹災編』 ──始まり。
――空が、赤かった。
馬車が丘を越え、懐かしい城郭の輪郭が視界に入った瞬間、三人は言葉を失った。
「……あれは、まさか……」
カルロがかすれるような声で呟いた。
燃えていた。城下の街も、王都の高台にある塔も、遠目にも分かるほど大規模な火災に包まれていた。
立ち昇る黒煙は雲と交わり、空を覆うように広がっていた。風が吹くたびに、焦げた木材と血のような匂いが運ばれてくる。
「こんな……バカな……!」
セリーヌが思わず馬車から飛び降りる。だが、足が止まる。膝が震え、言葉にならない悲鳴が喉元で絡まる。
「落ち着け、
まだ――まだ何が起きたか把握していない」
フィンが馬車から降りながら周囲を見渡す。森に隠れていた難民のような人々が、わずかにこの道沿いに身を潜めていた。
一人の老兵が、道端に崩れるように座り込んでいた。かつて城門の衛士だった男だ。フィンが声をかけると、男はゆっくりと顔を上げた。目は乾ききっていた。
「……奴らが来たんだ。黒衣の集団……炎を纏って、何もかも焼き尽くしていった……」
「“奴ら”? “欠落者”か……?」
カルロが問い詰めるように言うと、老兵はただ首を振った。
「……分からん。何も、分からん。ただ……人じゃなかった。目が、目が真っ黒で……! 笑っていた。民を殺して……子どもまで……!」
セリーヌの顔が歪む。肩を抱こうとするフィンの手を振り払い、彼女は駆け出した。
「王宮に、戻る!」
「セリーヌ、待て」
だが、止められるはずもなかった。彼女の背に、焔の中を駆ける兵士たちの幻影が重なる。
――どうして。どうしてこの国が、こんな姿に。
まだ理由は分からない。ただ一つ確かなのは、「平穏」は既に崩れ去ったということ。
夜の帳が降りる前に、王都は瓦礫と血と煙に塗れ、音もなく、ゆっくりと崩壊していく――。




