第69話 静かな帰路、揺れる灯とそれぞれの思惑
石畳を踏む馬の蹄音が、夜の帳に心地よく響いていた。マールの屋敷を出たフィンは、街道沿いに停められた馬車に乗り込むと、静かに息を吐いた。
揺れるランタンの灯が、車内に淡い影を落とす。
すでに馬車には二人、先に乗り込んでいた。カルロは窓際に身を預けて眠ったふりをしているようだったが、わずかに開いた瞼の奥には、まだ醒めない思索の色があった。
セリーヌはと言えば、対面の座席でフィンをじっと見つめていた。腕を組み、背筋を正し、まるで尋問の準備でもしているかのようだった。
「何か収穫は?」
予想どおりの問いに、フィンは少しだけ肩をすくめる。
「……はぐらかされた。“謎の男”については何も知らない、と言っていたよ」
「信じたの?」
「信じる、信じないの問題じゃない。マールは、必要なこと以外は語らない主義の人間だ。こちらが引き出せなければ、それは力不足だ」
冷静にそう答えるフィンに、セリーヌは一瞬だけ目を細めたが、やがて視線を窓の外へと逸らした。
「おい、マール(あいつ)の言葉……“あの事”って、なんのことだ?」
唐突にカルロが声を上げた。眠っていなかったことに、フィンは内心で苦笑する。
「......お前に教える義理はない」
それ以上、語るつもりはないというように、フィンは目を閉じた。
しばらく沈黙が続いた。馬車の揺れが静かに心を撫でるように、三人のあいだに言葉はなかった。
「ケッ、マジうぜぇ」
カルロは、激昂することなく、言った。
やがて、カルロがぽつりと漏らす。
「……俺は、どんなに正しいことでも、どんなに自分の中に、正義があっても、それが“誰かにとっての痛み”になるなら、それは正しさだけじゃ済まないと思っている」
誰に向けたわけでもない独白。その言葉に、フィンもセリーヌも何も言わなかった。
ただ、馬車は静かに進む。街の灯が遠ざかり、闇の中に引き込まれていく。
それぞれの胸のうちに、未だ整理のつかない過去と現在を抱えながら。




