第68話 取り引き
時は少し、遡る。
その日、フィンは街外れの古い小屋で、剣の手入れをしていた。光の乏しい曇天の下、油に濡れた布が、静かに金属をなぞる。
「……相変わらず、慎重だな。呼び出しに来るとは思わなかったぜ」
扉を開けて入ってきたのは、少年のような軽やかな気配をまとった青年、タイトだった。続いて現れた少女――アザミは、薄暗い室内でもなお鋭く光る目をしていた。
フィンは手の動きを止めずに、静かに答える。
「お前らが“その件”で来ることは、勘づいていた。」
「“その件”……?」
タイトは目を細め、少し笑う。
「何を指してるか、確認していいか?」
「“其れ”――つまりは、“欠落者”を追っているのだろう?」
刃の音が止まり、静寂が満ちる。アザミが、一歩踏み込んだ。
「……私たちは、“其れ(アイツ)”を追ってる。でも、一人じゃ辿り着けない。だからあんたを選んだのよ」
「ほぉう、それは光栄だ」
フィンは皮肉も感情も交えずに言った。
「だが、ただの協力では終わらないのだろう? 何が目的だ?」
アザミは、ちらりとタイトを見る。彼は肩をすくめた。
「“其れ”を止めたい。ただそれだけだ。――もっとも、止め方は、人によって違うがな」
タイトは、語気を強めて言う。
「君たちは、アレを殺すつもりか?」
「いいや、殺せる目算か?」
「……さあね」
アザミは口元だけで笑う。その表情はどこか寂しげだった。
「取り引きの条件は?」
フィンが問う。タイトはすぐに答えた。
「お前が知ってる“痕跡”を、俺たちに偽りなく、共有すること。そして、今後の動きも、三人で揃えて行うこと。――情報を囲い込むなら、ここで関係は終わりだ」
「……なるほど。なら、俺からも条件がある」
「なんだ?」
「“其れ”と対峙する時は――俺が前に立つ。その時、お前らは手を出さない。それが約束できるなら、情報を全て渡そう」
一瞬、沈黙。
アザミが口を開く。
「なんで、そこまで?」
「理由がいるか?」
「いる。命がかかってる」
フィンは、手入れの終わった剣を静かに鞘に収めた。そして、二人を見た。
「“其れ”に、奪われかけたものがある。俺は、それを取り戻したいだけだ」
「……何を?」
フィンは、答えなかった。だが、その瞳がほんのわずかに揺れたことで、二人にはそれが嘘でないとわかった。
やがて、タイトが手を差し出す。
「了解。取り引き成立だ。――お互い、化け物には食われないようにしようぜ」
フィンは、無言でその手を握った。




