第66話 悪魔
馬車の扉が、音もなく開いた。
「……もう少し隠れてるのかと思っていた」
低く、静かな声だった。アザミとタイトが顔を上げると、霧の中から現れたのは、フィンだった。黒いマントの裾が風に揺れている。
「マジかよ.....やっぱ、化け物だな。"王守の四柱"。俺の結界越しに、気配を察した奴は初めてだ」
タイトが小さく肩をすくめながら言う。だがその指先は、いつでも術を張り直せるように緊張している。
フィンは微かにぎこちなく微笑んだ。
「案ずるな。お前の《密偵》は優秀だ。
だが、呼吸のリズムまで隠すのは難しい」
「盗み聞きされるとは思ってた?」
アザミの問いに、フィンは馬車の床を軽く叩く。
「無論、それを前提に話した。マールさんの前では言えないことも多かったからな」
「……つまり、最初から共犯の目算だったってこと?」
「お前らがここに来た理由は、理解っているつもりだ。だが、協力し合えるかどうかは、これから次第だ」
その目はまっすぐにアザミを捉えていた。黒髪の少女はしばらく沈黙し、やがて、薄く唇を吊り上げた。
「……協力って、何を?」
「“其れ”を見つけ、止めること。もしくは、殺すことだ」
その言葉に、タイトの目が細められる。
「おいおい……言うじゃねぇか。お前だって、殺られたんだろ? あいつと真っ向からやり合う覚悟があるってわけか?」
「必要なら、命ごと賭ける」
フィンの答えは、あまりに自然だった。そこには誇張も虚勢もなく、ただ一点を見据えた者の言葉だった。
馬車の中、しばし沈黙が流れる。
そして――アザミがふっと笑った。
「……やっぱり、あんたらは変わってる」
「だから、お前らここにいる、違うか?」
そう言って、フィンは馬車に一歩踏み込んだ。
「そろそろ出発つよしよう。"王守の四柱"二人が、王宮を離れるのは、非常に危険だ」
「わあっーた。じゃあ、そろそろ《密偵》は解除するよ」
タイトが軽く指を鳴らすと、周囲の空気がわずかに歪み、彼らの“気配”が解き放たれた。
霧の中、三つの影が静かに進み始める。
誰も観ていたかった。
フィンの顔が、歪に揺れていることに。
『古館踏破編』 ──終了。




