第64話 夜風
「あと、もう一つだけ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」
フィンは、またもや慎重に言葉を選びながら、マールを見つめた。
「勿論、構わないよ」
マールは茶を口にしながら、穏やかに応じて、左右対称の微笑みをみせた。
「“荒地の魔女”が死んだと思われる場所で、謎の男が発見されました。何か心当たりはありませんか?」
その言葉に、一瞬だけマールの指が止まった。しかし、すぐに何事もなかったかのように首を横に振った。
「.....謎の男か、いいや、分からないな」
顎に手を添えながら、迷いのない、断言するような口調で言った。
フィンはしばらくマールの表情を探るように見つめたが、やがて小さく息を吐いた。
「……そうですか。ありがとうございます」
「すまないね。力になれずに、申し訳ない」
「いえいえ、そんなことは。ご協力に感謝します」
フィンが深く頭を下げると、マールはふっと微笑んだ。
そして、まるで思い出したように、優しく言葉を紡ぐ。
「フィン君。私はね、“あの事”について君を責めるつもりは毛頭ないよ。だから、いつでも帰ってきなさい」
あの事? 何のことだろうか?
言葉の真意は、分からないが、その言葉には、どこか慈しみが込められていた。
フィンの瞳がわずかに揺れる。しかし、彼は何も言わず、ただ静かに微笑んでみせた。
やがて、館を出ると、夜の風が静かに吹き抜けた。




