第60話 蠢き
馬車は、暗く深い森のただ中を進んでいた。
ぬかるんだ道を軋ませ、幌を叩く風は鋭く、夜の冷たさが肌を刺す。
その時だった。
——ピシュッ。
乾いた音が闇を裂き、次の瞬間、車輪のすぐ傍に一本の矢が突き刺さった。
カルロが跳ね起き、怒鳴る。
「今の、聞こえたか!?」
だが、フィンは静かに手を伸ばし、彼を座らせた。
無言で、窓の外を指差す。
そこには、黒い影が幾つも現れていた。
顔を布で隠し、粗末な武器を手にした男たち。数にして十数。
紛れもない——野党だった。
セリーヌは小さくため息をつく。
「手際が悪いわね。奇襲を仕掛けるなら、もっと気配を消しなさい」
冷ややかな声には、微塵の動揺もない。
フィンが低く答える。
「時間をかけすぎたな」
カルロはにやりと笑った。
「へっ、やっとやる気が出る展開ってわけか!」
深緑のコートを翻し、短剣を抜く。
——敵が、殺到した。
野党たちの叫び声が、夜の静寂を破る。
馬車を取り囲み、獲物を仕留めるつもりだったのだろう。
だが、その思惑は、瞬く間に打ち砕かれた。
カルロが吼える。
「まとめて来いやぁぁあああッ!」
短剣を振りかざし、前へと飛び出す。
一振りで三人をなぎ倒し、なおも勢いは止まらない。
セリーヌは馬車から一歩も動かず、
細い指先から透明な刃を生み出し、無言のまま敵を撃ち抜く。
その動きは、まるで冷たく正確な機械だった。
フィンは座席に深く腰掛けたまま、何もしない。
する必要すら感じていないかのように。
その静かな瞳には、最初から勝敗が決していると言わんばかりの冷たさだけがあった。
——それは、一方的な蹂躙だった。
野党たちは数にものを言わせようとしたが、
カルロとセリーヌの力と連携の前に、瓦礫のように崩れていった。
戦いは、わずか数分で終わった。
荒れ果てた道に、呻き声だけが漂う。
カルロが憮然と呟く。
「ったく、手応えなさすぎだろ……。
……なぁフィン、さっきのお前の”手配したもの”って、まさかこれのことじゃねぇだろうな?」
フィンは短く答える。
「違う。これはただの野党だ。
——ただ、誰かに雇われた、な」
セリーヌが首を傾げる。
「私たちを狙ったわけではない……? なら、偶然?」
フィンは静かに頷いた。
「この道を通る者を狙って、待ち伏せしていただけだ。
マールの館を目指す者は、旅人か、金持ちか、あるいは——」
「と、常人なら考えるだろうな」
カルロが皮肉を込めて言った直後、
フィンは地面に転がる男の胸ぐらを掴み、問いただす。
「お前ら、誰に指示されて俺たちを襲った?」
男は苦しげに呻きながら、答えた。
「し……白髪の、気持ちの悪りぃガキだ……」
フィンの表情は変わらない。
だがその無表情の奥で、何かが鋭く光った。
カルロが鼻を鳴らす。
「クソッタレが」
雪混じりの風が、彼らの間を吹き抜けた。
馬車は再び走り出す。
ぎしぎしときしむ音を響かせながら、
まだ見ぬ”館”へ向かって——。




