第59話 出立
『古館踏破編』 ──発生。
三人の者たちを乗せた馬車は、ただ、単調に揺れていた。
車輪が荒れた道を叩くたび、木造の車体はぎしぎしと不安げな音を立てる。
新たに仕立てた深緑のコートを羽織った男――名を、カルロという。
旅の汚れひとつないその装いは、彼がこれから向かう場への期待と警戒の入り混じった感情を、無言のうちに物語っていた。
金髪がかった髪を風に靡かせ、鋭く冷たい眼差しを向ける女――名を、セリーヌという。
彼女の瞳は、外の景色を見ているようでいて、実際には何も見てはいなかった。どこか遠く、誰も知らぬものを見つめているかのようだった。
そして、疲れを感じさせる目を、無骨な眼鏡で隠している男――名を、フィンという。
細身の体をゆったりとシートに預け、微動だにせず、それでいて油断なく周囲を警戒していた。
向かう先は、すべての知が集約された地。
人知を越えた知識と、いくつもの運命を操る謎が眠る場所。
名を、マールの館という。
「……本当に、マールの館なんてあんのかよ」
馬車の揺れに苛立ったように、カルロがキレ気味に言った。
かすかに眉をひそめ、コートの襟をきつく引き寄せる。吐く息が白く立ちのぼる寒さだった。
だが、返答はない。
セリーヌも、フィンも、言葉を発することを選ばなかった。
答えるだけ無駄だと、それぞれの表情が雄弁に語っている。
「チッ」
カルロは、舌打ちした。
それきり、また誰も口を開かず、車輪の音だけが夜気の中に響き続けた。凍てつく地面を擦る、か細い音だけが、耳にこびりつく。
「なぁ、さっきからよ、俺たちを追いかけてる馬車があんぞ」
カルロが、また口を開く。だが、その声には先程までの苛立ちとは違う、わずかな警戒が滲んでいた。
「些細なことを気にするわね」
今度は、セリーヌが応じた。窓の外をちらりとも見ず、膝の上に置いた手を組んだまま。
「てめぇは、早死にする性格だな」
「…..?」
セリーヌがわずかに首をかしげたその隙に、フィンが低く言う。
「気にしなくていい。あれは俺の手配したものだ」
「あぁ? それってどうゆう意味だよ?」
「お前には関係ない」
「てめぇ…..」
カルロが立ち上がり、フィンへと距離を詰める。車輪の揺れに合わせて身体を傾けながら、それでも荒々しい足取りで。
しかし、フィンは表情を変えずに、座席に背を預けたままだった。まるで、相手にする価値もないとでも言うかのように。
「チッ、やっぱお前らと仲良くすんの無理だわ」
「奇遇だな。俺もだ」
三人を乗せた馬車は、冷たく硬い夜を切り裂くように、ただ単調に揺れ続けていた。
互いに距離を詰めることも、埋めることもなく。




