間章 剣夢終焉 その3
老師様が亡くなった。
寝ていたはずの老師が、道場に放たれた炎の中、息を引き取ったと知った時、レイスはその場に膝をついた。誰よりも強く、誰よりも厳しく、誰よりも優しかった人。世界最強と謳われた剣の使い手。その死は、焔に包まれた道場よりも重く、レイスの胸を灼いた。
――悔しさ。情けなさ。怒り。
そのすべてが入り混じった感情が、次第に“誰か”に向けられていった。
「……お前だろ」
焼け跡の隅に立っていた彼――あの弟子――が振り返った。灰の匂いの中、相変わらず整った顔で、ただ静かにレイスを見ていた。
「なんのことかな?」
「惚けるな。火を放ったのはお前だ。老師様を、殺したのも」
そう言いつつ、頭では分かっている。
そんなことで、殺せる程、世界最強は弱くないと、彼自身が、欠落の存在だと。
風が吹き抜け、灰を舞わせた。二人の間にあったのは、かつて師弟が剣を交わした場所。そして、今は静かな決闘場だった。
レイスは木刀を抜く。
「殺す」
そう吐き捨てた時には、体が動いていた。
正面から、真っ向から、感情をすべて力に変えて――。
彼は、それを受けて立った。
木刀が激しく打ち合う音が、炭の山の上で響いた。
レイスの動きは速かった。力強く、鋭く、攻め続けた。全身全霊、殺意すら乗せていた。だが――。
「……遅い」
その声とともに、レイスの右手に痺れが走る。攻撃をいなされたのではない。読み切られていた。
数合、十合、二十合――すべてレイスの一撃は受け止められ、流され、打ち消された。
そして、隙を突かれたのは――右肩。
打突。
衝撃が全身に走り、膝が崩れかける。レイスはそれを耐え、反撃に転じようとするが――
次の瞬間、喉元に木刀の切っ先が突きつけられていた。
……負けた。
完璧に、完全に。
完膚なきまでに.....。
彼の顔が、目の前で静かに微笑む。
「やっぱり。君さ、刺突するとき、体のバランス少しだけおかしいよ? 癖なのかな?」
柔らかい声だった。
悪意も嘲笑もなかった。ただの“指摘”。ただ、それが――レイスの心を深くえぐった。
「……黙れ」
そう呟いたレイスの声は、震えていた。敗北の痛みではない。“本当のことを言われた”者だけが感じる、どうしようもない恥の震えだった。
「でも、君は強い。きっと、もっと強くなるよ」
彼は笑顔だった。
最後の最後まで。
彼は木刀を肩に担ぎ、背を向けて歩き出した。
「じゃあね、レイス。老師様の分まで強くなってくれよ。……君が、それを望むなら、だけど」
その背中を、レイスはただ見送った。
悔しさが、涙に変わっていた。
木刀を握る手に力が入らない。
そして心の奥底で、初めて――自分はまだ弱かったのだと、痛感していた。
次の日、王都は何者かに襲われたという。
黒ずくめのフードを被り、正体不明で、逸脱の剣技を操るという。
噂では、王守の四柱も敗北したという。
私は、そいつを殺さなければならない。
◇ ◇ ◇
†
レイス 能力 『剣士』
人類がまだ爪と牙に頼っていた時代より、この星に存在し続ける「力」を刃に宿し、すべてを断つために研ぎ澄まされた能力を持つ。
†
剣とはただの武器ではない。
それは意志であり、誓いであり、世界を切り拓く力。
一振りで風を裂き、二振りで運命を変え、三振りであらゆる理を断つ。
迷いなき刃は何者にも折れず、揺るがぬ剣はただ一つの真理を示す。
──それが、『剣士』という名の、戦場を制する者、筈だった者である。
彼女は、──まだ、敗者でしかない。




