間章 剣夢終焉 その2
その夜は、妙に静かだった。
風もなく、虫の声さえ聞こえない。道場の床に横になったレイスは、なかなか眠れずにいた。
脳裏に残っているのは、あの男――「やっぱりな」と呟いたあの弟子の顔だ。昼間の言葉が、頭の奥で何度も再生される。
「……煩わしい」
吐き捨てて、瞼を閉じる。だが、眠気がようやく訪れようとしたときだった。
――パチッ。
耳に微かな音が届いた。焚き木がはぜるような音。けれど、ここに火はない。おかしい。
目を開けた次の瞬間、鼻をつく煙の匂いに気づいた。
――ゴウッ!
襖を開けると、視界の向こうで火が天井を舐めていた。
「な……っ!?」
木造の道場は、乾いた板の音と共に赤く焼け、風が吹いたかのように火の手が広がっていく。誰かが意図的に放火した、それ以外ありえない広がり方だった。
「老師様!!」
寝所へと駆け出す。だが、扉を開けた瞬間、炎の壁が前を塞いだ。熱風に顔を焼かれそうになる。
「老師様っ!どこです!? 返事を!!」
――返事はなかった。
奥から微かな呻きが聞こえたような気がしたが、それきり何もなかった。床が軋み、崩れ落ちる音が響く。
煙が喉を焼き、視界が霞む。だが、それでもレイスは叫び続けた。
「老師様あああぁあああぁああ!!」
弟子たちの声も遠くに聞こえる。皆、脱出に精一杯で、老師のもとへ近づく者はいない。
視界の中、火の海の向こうに、ふと――誰かの“影”が立っていた。
あの男だった。
道着ではなく、黒い外套を纏っている。顔は炎に照らされ、笑っていた。
「……やっぱり、君は来ると思っていたよ」
その言葉とともに、影は背を向け、燃える柱の間に姿を消した。
追おうとした瞬間、天井が崩れ落ちる。火の粉が舞い、レイスの腕に焼けた木片が落ちる。
「くそっ……!」
歯を食いしばって退いた。結局、老師を助けることはできなかった。視界の中、老師の部屋が崩れ、黒煙に包まれていく。
その夜、道場は跡形もなく燃え落ちた。
弟子たちは無事だった。
だが、老師だけが――戻らなかった。




