第58話 四柱の選択
カルロは拘束を解かれた状態で椅子に座っていた。
身体のあちこちがまだ痛んでいる。だが、セリーヌの手から逃れた直後に比べれば、はるかに穏やかな状態だった。
その静けさを破るように、部屋の扉がノックもなく開いた。
重々しい足音とともに現れた四つの影。誰もが一目でわかる気配を纏っている。
威圧でも尊厳でもない。もっと根本的な、“格”の違い。
――それが彼ら。王守の四柱だった。
「……俺に、何の用だ?」
カルロは問う。声はかすれていたが、その眼光は鈍っていなかった。
「“転移”の力が必要だ、なぁに、安心しろ。お前が長距離を移動できないのは知っている。だが、あそこは特殊な場所で、馬車などでは近づくことはできても、館につくことはできないんだ」
先に口を開いたのは、フィン。感情を排した声だった。
「館?」
カルロが、たまらず聞く。
「場所は――マールの館」
赤い外套を纏うイグニスが続けた。その名を口にした瞬間、空気が少しだけ揺れた。
カルロは眉をひそめる。
まさか、御伽噺のように語られてきた、あの館の名を聞くとは思っていなかった。
「俺を信用するのか? ……また逃げるかもしれないぞ」
「逃げても無駄だ。君の“行き先”まで予測済みだよ」
静かな口調で答えたのは、美しい金髪を揺らしているセリーヌ。皮肉も嘲りもない。ただ冷静な事実の提示だった。
「……でも、逃げるつもりじゃないんでしょ?」
それまで沈黙を守っていたリアナが、やわらかく微笑んだ。
その言葉は、重く張り詰めた空気を少しだけ和らげた。
カルロは短く息を吐き、椅子の背もたれから身体を起こす。
「……アザミはどうなった?」
ずっと気掛かりだった。
捕まっていないのだ、と信じていた。
その思いが、今溢れた。
「無事だよ。牢に入っているけれど、今は誰にも手出しはさせていない」
リアナが答える。
カルロは、酷く複雑な感情に包まれ、何も詞を発さなかった。
「君が協力してくれれば、彼女の未来も変えられるかもしれない」
カルロは黙ってリアナを見つめた。しばしの沈黙ののち、小さくうなずき、ゆっくりと立ち上がる。
その動きに呼応するように、フィンが一歩前に出た。
「カルロ。君に同行を願いたい」
「……どこへ?」
疲れた声でカルロは問う。足首には、未だに手錠の痕が残っていた。
「マールの館。君の“転移”の力が、あそこへの道をひらく鍵になる」
フィンの言葉は、冷たくも確かな決意に満ちていた。
カルロは目を伏せ、短く笑う。
「俺を信じるなんて、随分と無謀だな」
「信じているわけじゃない。けれど――」
セリーヌに代わって、リアナが口を開いた。
「今の君に残された道の先には、それしかないのかもしれない。誰かを救いたいと思うのなら、選べる道は決まっている」
カルロは目を細める。
脳裏に浮かんだのは、アザミの顔だった。
そして、ダチュラの顔が浮かんできた。
……そうだ。
あいつを守るためには、ここで終わるわけにはいかない。
「――わぁーたよ」
その言葉を聞いた四人は、それぞれ静かに頷いた。
だが次の瞬間、フィンが一歩下がり、カルロに背を向けて言った。
「……イグニス、お前は王のもとに残れ。今、城をお前が離れるわけにはいかない」
「私たちが動けば、間違いなく隙が生まれる。狙われているのは“外”だけじゃない」
セリーヌが続ける。
「行くのは、俺とカルロとセリーヌとする」
カルロは少しだけ驚いた表情を浮かべた。
だが、それ以上は何も言わず、ただイグニスとリアナの方へと視線を向けた。
「行くぞ、"三光"の知を担当するこの世全てを知り尽くすとされる英雄の継承者のもとへ」
フィンは、少しだけ笑っていた。
それが、何故かはその場にいる誰も知るよしはなかった。
そして三人は、マールの館へ向けて歩き出した。
誰も振り返らなかった。
――それぞれの役目を、果たすために。
それぞれの復讐と尊厳のために。
成すべきことをなるために。
『烈火の復讐編』 ──終動。




