第56話 初めての殺し
裏切り者。その言葉の響きに、心がざわついた。私が殺す相手——“初めての殺し”の対象が、それなのだという。
「……誰なの?」
エーデルは、私の問いにすぐ答えなかった。白銀の髪を指で梳きながら、静かに微笑む。
「あなたも、よく知っている人物ですよ」
嫌な予感がする。それは心の奥で警鐘を鳴らしていた。
「......名前を教えて」
「タイトです、あなたも一度だけ会ったことがあったようですね」
——タイト。その名前を聞いた瞬間、身体が凍りついた。
私は、彼のことをよく知らないし、好意もない。ただ、カルロは言っていた。あいつの行いで、私たちは捕まって、それでカルロは今、窮地になっていて、それで......。
あれ? 殺した方がよくない?
「理解した」
呆然と呟く。
「抵抗などはしないのですね」
ガキが言う。
タイト。彼の能力は「密偵」。影のように忍び、情報を集め、敵の動向を探るのが得意な男だとダチュラから聞いた。
「ねぇ、ダチュラとそいつって仲間だったんだよね?」
「えぇ、そう聞きましたが.....何故です?」
「いいや、ふーん、あっそ」
「彼は今、指定の場所にいます」
エーデルは、淡々と続ける。
「私の手の者には、手出しをするなと伝えてあります。あなたが決めてください」
でも、——殺すか、殺さないか。
エーデルは、私に選択を委ねた。
「……どこにいるの?」
私は訊ねた。
エーデルは満足そうに微笑む。
「では、御案内しましょう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
指定された場所は、寂れた廃墟だった。埃っぽい空気。崩れかけた壁。人気のない建物の奥に、タイトはいた。
「.....お前は」
彼は私を見ると、目を見開いた。
「……」
私は、何も言わずに立ち尽くした。タイトは、疲れた様子で微かに笑う。
「お前が来るってことは……エーデルに言われたんだな」
私は、頷かなかった。タイトは、肩を落とす。
「……そうか」
静寂が広がる。私の手には、小型のナイフが握られていた。エーデルから渡されたもの。
そして、分かる。
彼が反抗する気がないことを。
少しの訓練をした私でも殺せることを。
タイトは、それを一瞥する。
「……お前は、どうしたい?」
その言葉に、私は答えられなかった。殺さなければならない。それが、今の私の“役割”。
——なのに。
「ねぇ」
「本当に……ダチュラを.....裏切ったの?」
彼は、それには答えなかった。ただ、静かに目を伏せる。
——沈黙が、何よりの答えだった。
私の心の中で、何かが崩れていく。
「……どうする?」
タイトが、そっと目を上げる。
私は、ナイフを強く握りしめた。
殺すのか、それとも——




