第54話 水刃と転移
「悪いけど、あなたを殺すことにしたの」
一目見れば息を呑むほどの美少女、セリーヌは静かに告げた。白磁のような肌に、水面を思わせる澄んだ瞳。その美しさに似合わず、口調は冷たく、残酷だった。
「……あっそ。じゃあ、やれよ」
深緑のロングコートは泥に汚れ、袖口はほつれている。カルロはそのコートの裾を払いもせず、目を細めてセリーヌを見据えた。まるで何も感じていないような口ぶりだったが、その指先だけがわずかに震えていた。
次の瞬間、空気が裂けた。水が――空中の水分が、鋼鉄以上の圧力と弾丸以上の速度を以て、カルロの眉間を正確に狙って飛ぶ。
しかし。
風を切る音の直前、カルロの身体が一瞬で位置をずらす。
「おい、どういう心境だ?」
カルロは殺気をまとい、声を低く唸らせた。睨む目は猛獣のそれに近い。
だが、セリーヌは微笑んでいた。まるで今の一撃など茶番だったかのように。
「ねぇ、あなた.....私と付き合わない?」
「は?」
一拍置いて、カルロが間の抜けた声を漏らす。
「……な、に言っ、て……」
「あのね、このままだと多分この国は終わるのよ」
セリーヌは膝を折り、カルロと目線を合わせるようにしゃがんだ。濡れた土の匂いが立ち上る中、彼女の声だけがやけに澄んで響いた。
「だから、優秀な能力者が一人でも欲しい。使える人間は何があっても確保したいの」
カルロは黙っていた。だがその目は、一瞬揺れた。
「だから、一人でも優秀な能力者が欲しいの。それに、"王"よりも"欠落者"の方が殺したいでしょ?」
しばらく沈黙が続いた。
やがて、カルロが静かに息を吐いた。瞳の奥に、凍えるような怒りの色が浮かぶ。
「あぁ……」
彼は短く、そして確実に答えた。




