第51話 欠落者
一体どれだけの時間が経ったのだろうか。
ふと、そんなことを考え、自分のいる部屋を見渡す。
部屋の中央には、大きな絨毯が敷かれており、その上には豪華な家具が並べられている。細工の施された木製のテーブル、豪奢な椅子、そして一際目を引くのは、壁に掛けられた一枚の絵画だった。
その絵画には、悲痛に叫んでいる少女と長身の鬼の形相をした悪女が描かれていた。
どこか、懐かしさのような寂しさのような儚げのような、よく分からない絵だった。
そして、この部屋には、もう一つ違和感がある。
それは、静寂だ。外界の喧騒がまるで遠い夢のように感じられる。ここには何も邪魔するものがなく、時が止まったかのように感じる。そんな静けさの中で、アザミは一人、この部屋の中に座っていた。
何をするでもなく、ただその絵を見つめいた。
「大人しくなさっているのは期待通りでしたが、ここまで大人しくされているとは思いませんでした」
声の主は分かっている。
この館には、私と彼しかいないのだから。
透き通るような白髪がなびいた、私と同い年くらいの少年。いや、青年か? まぁ、いい。どうでもいいことだ。
兎に角その少年は、
──名を、エーデルという。
「あなたが、『静かにしてろ』って言ったんでしょ?」
「そうですね。約束を守ってくれたお礼といってはなんですが、プレゼントがあります」
彼は、そう言って私に近寄ってきた。
恐怖はない。私は、絵から目を離さずに応答する。
「どうぞ。差し上げます」
そう言われ、渋々彼を初めてちゃんと見た。
だが、目に映るのは、透き通る白色ではなく、私を突き動かした紅蓮の真紅の色だった。
「!」
何も言えなかった。
絶句するしかなかった。
「ダチュラさんの遺品です」
そこには、真紅色のフードを持ったエーデルがいた。
「い.....遺体は.........?」
「回収できませんでした。申し訳ありません」
「い.......いえ。ありがとうございます。充分です」
「ダチュラは、本当に...死んでいましたか?」
「はい。この目で確かに確認しました」
紅蓮のフードを指先で撫でる。
温もりはない。血の匂いもしない。ただ、それでも、彼女のものだと分かった。
死んだ。
もう、生きていない。
——心臓を刺されていた。
カルロもそう言っていたじゃないか。
私もこの目で見ていたんだ。
今さら、現実逃避なんて、無駄だ。
「ありがとう....ございます」
「アザミさん」
エーデルが呼ぶ。
私は顔を上げない。
「私はね、人を”駒”だと思っています。目的を達成するための”駒”」
「……だから?」
何だ、とは言わなかった。
「そんな、私ですけどね。世界をより良くしようと思ってるのは本当なんですよ」
何も言わない。
耳には入ってるが、心には入らない。
そういえば、ダチュラの言葉は心に入ったな。
「私と一緒に来ませんか?」
「お断りです」
「.....そうですか。復讐はしなくてもいいんですか?」
「!!」
コイツは、何を言って.....
「ダチュラさんを殺した奴は、まだ生きています。もしかしたら、どこかで笑っているかもしれません。もしかしたら、また誰かから何かを奪っているかもしれない」
指先が震えた。
恐怖からではない。
「.....」
「いいんですか? それで?」
「........」
「分かりますよ。あなたの考えていることは、能力も権力もなしにどうやってあんな怪物に勝てと言うんだよ、ですよね?」
私は顔を上げる。
エーデルは微笑んでいた。
「でも、関係ないんですよ。この世で最も強い武器は何だと思いますか?」
「.....分かりません」
「悪意です。悪意の前には、全ての物が人を殺せる武器となり、時には、一国を落とすことができます」
あぁ。そうか。この人もそうなんだ。
皆んなそうだ。皆んなイカれてる。
狂ってる。死ねばいいのに......。
そうだ。その通りだ。殺そう。
生きてちゃ駄目なんだ。
私は、友人を無くして、両親を亡くして、恩人を失った。私も、そうなんだ。きっと.....。
私も欠落者なんだ。
「解りました。殺ります」
口を開くと、自分でも驚くほど澄んだ声が出た。
「そうですか。良かったです」
私は、深く息を吸った。
後悔しないよう。きっと、この決断を悔いることが絶対にないように。
「私が、"欠落者"を殺します」
『策謀と変革編』 完
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