第49話 決着
南庭に響くのは、風の音と二人の荒い息遣いだけだった。
イグニスとクラフトは、互いに間合いを測りながら静かに対峙する。
バルコニーの上では、フィンが腕を組みながら様子を見守り、エーデルは微笑を浮かべたまま興味深そうに戦いを観察していた。
「ほぉ……これはなかなか見応えがありますね」
「まだ勝負は決まらん。どちらも限界ではない」
フィンの低い声に、エーデルは口元を手で覆いながら笑う。
「ええ、ですが……そろそろ決着の時では?」
その言葉が溢れ落ちた瞬間――
イグニスが動いた。
「――ッ!」
踏み込みと同時に、鋭い右拳を放つ。クラフトはこれを最小限の動きで躱し、即座に左拳をカイの脇腹へ叩き込んだ。
ドガッ!
鈍い音とともに、イグニスの体が一瞬よろめく。 しかし、クラフトはすぐに異変に気付いた。
(――軽い?)
次の瞬間、イグニスが不敵に笑った。
「――かかったなぁ、誘ったぜ」
クラフトの腕を掴み、そのまま肩越しに投げ飛ばす。
ズシャッ!
石畳の上を転がったクラフトが、すぐに体勢を立て直した時には、イグニスの拳が目前に迫っていた。
「チッ――」
咄嗟に腕を上げて防御するも、イグニスの連撃は止まらない。左右の拳が正確にクラフトのガードを削り、ついには顎へと鋭い一撃が入る。
クラフトの体が一瞬後ろへ揺れた。
イグニスは一気に畳み掛けようと、さらに前へ踏み込む――
しかし。
「――ははっ、やるじゃねぇか」
その笑みとともに、クラフトの膝がイグニスの腹へ突き上げられた。
「ぐっ……!」
イグニスが苦しげに歯を食いしばる。さらに、クラフトはそのまま拳を振り上げ、イグニスのこめかみを打ち抜こうとする。
イグニスは咄嗟に体を捻って回避し、間を取ろうとした。
だが――闘いは、無慈悲に無造作に、
シュッ――
勝者を告げる耳を劈く風切り音が咲いた。
次の瞬間、イグニスの肩に強烈な衝撃が走った。
「――ッ!??」
激痛とともに、イグニスの身体が弾かれるように横転する。石畳に叩きつけられ、転がりながらも、彼は何が起こったのかを理解しようとした。
(……今のは!?)
肩を押さえると、そこには黒い矢が深々と突き刺さっていた。
バルコニーの上で、フィンとエーデルが静かに戦いを見下ろしていた。
「……やれやれ、本当にあの人の言う通りになるとは、ね」
エーデルは楽しげに微笑む。
フィンが目を細め、遠くを見る。
「……そうゆうことか」
イグニスも、歯を食いしばりながら視線を上げた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
——南庭のはるか向こう、城壁の上に一人の男が立っていた。
黒いフードを被り、長弓を構えたその男は、静かに矢を番えている。
「狙撃手……か」
フィンが低く呟く。
エーデルの側近にして、闇の中を嗤う追跡者。
——名を、リュカという。
クラフトが口角を上げながら、狩人の影を見やった。
「チッ」
"狩人"は無言のまま、再び弓を引き絞る。
「疾く終わらせようか」
冷たく、淡々とした声。
イグニスは肩の痛みを無視して、ゆっくりと立ち上がる。
(……クソが)
それでも、炎はまだ消えていなかった。
イグニスは拳を握り直し、改めて構えを取る。
しかし――
フィンが小さく息を吐き、
「……勝負は、ここまでだ」
静かに、だが確かに告げた。
イグニスの動きが止まる。
バルコニーの上で、エーデルが満足げに笑みを深めた。
「お疲れ様です、イグニス殿。今回は、ここまでということで」
クラフトは肩をすくめ、リュカは矢を下ろし、無言でその場を離れる。
イグニスは悔しげに拳を握りながら、地面を睨みつけた。
戦いは、不本意な形で幕を閉じた――。




