第47話 賭け
「では、決闘の場を用意しましょうか」
エーデルの軽やかな声が響くと、クラフトは不敵な笑みを浮かべ、イグニスは肩を回しながら無言で前へ出た。
「場所は?」
イグニスが短く問うと、エーデルは杖をついた老人に目を向ける。
「そうですねぇ……ここでは狭すぎますし、城の南庭では如何でしょう?」
老人の提案に、エーデルは楽しげに頷いた。
「賛成です。フィン殿、あなたも見届けてくださいますね?」
「……断る理由はない」
フィンは小さく息をつきながら応じた。
こうして、一行は静かに移動を始めた。
長い回廊を抜け、階段を下りる。城内の者たちは、何事かと視線を向けるが、誰一人として声をかける者はいなかった。
イグニスとクラフトは、先頭に立って進む。イグニスの足取りは軽快で、時折、拳を握り直しながら歩いていた。対するクラフトは、悠然とした歩みで彼を見下ろし、獲物を品定めする狩人のような目を向けている。
その背後では、フィンとエーデルが少し遅れて移動しながら、言葉を交わしていた。
「……貴様、本当にクラフトが勝つと?」
フィンが問いかけると、エーデルは口元に手を当て、愉快そうに微笑んだ。
「もちろんです。彼は私の“駒”の中でも、とりわけ優秀ですから」
「ほう……なら、俺と貴様でも少し勝負をしないか?」
「あはは、いいですよ。面白い! 何にしますか?」
エーデルは愉快そうに微笑みながら、肩をすくめて問い返した。
「そうだな……賭け、というのはどうだ?」
「あははははは! 面白いですねぇ! いやぁ〜、うちの国ではそんなことを言う人、なかなかいませんよ。いいでしょう! 何を賭けますか?」
「どちらが勝つか、だ」
フィンの提案に、エーデルは目を細める。
「それはそれは、興味深いですねぇ……ですが、何を賭けましょうか?」
「お前が勝てば、好きにすればいい。だが、俺が勝ったら、お前の計画について少し話してもらう」
「んふふ……」
エーデルは可笑しそうに笑うと、軽く肩をすくめた。
「いいでしょう。では、私はクラフトに、あなたはイグニス殿に賭けるということで」
「……決まりだな」
フィンは静かに応じた。
「んふふ。ですが、一体何故、こんなことを? 貴方のような方が、こんな遊びを好むとは思いませんでしたが」
「なぁに、簡単なことですよ。人生初の失敗を貴方みたいなクソガキにおちょくられたらムカつくでしょう?」
「んふふふ。あははははは! いやぁ、マジか。面白いなぁ。でも.....」
「何か問題でも?」
「いえいえ。貴方のような方は大好きですよ。是非、仲間になって欲しいと思いまして」
エーデルは満面の笑みを浮かべながら、冗談めかした口調で言った。
「無理だな」
「えぇ〜? そう言わずに。貴方の欲する物は、何でも用意できますよ?」
「例えば?」
「ん〜.....そうですねぇ〜....。
イグニスの能力は『焔闘者』、セリーヌは『水葬者』、リアナの能力は『治癒師』。あ、貴方が“欠落者”にやられた傷は、リアナさんに治してもらったんですよね?」
フィンの表情が、微かに強張った。
エーデルは彼の反応を楽しむように、くすくすと笑う。
「……話しすぎだ」
「んふふふ……怖い顔をしないでくださいよ。私、そうゆう顔大好きなんですから」
フィンは黙って前を向き、エーデルから目を逸らした。
そうして、一行は広々とした南庭へと到着する。
空はすでに夕闇に包まれ、冷たい風が石畳を撫でる。
フィンとエーデルは、城のバルコニーへと向かい、戦いを見下ろす位置を確保した。
イグニスとクラフトは、静かに距離を取って向かい合う。
――そして、決闘の幕が、今まさに切って落とされようとしていた。




