第38話 転移者
カルロは目を閉じ、意識を研ぎ澄ませた。
転移の能力を発動するには、“行き先”を明確にイメージする必要がある。
だが、今は行き先が見えない。
この牢の隅にある”歪んだ石”の向こうに何があるのかもわからない。
もし、そこに壁しかなかったら?
もし、隙間が狭すぎたら?
もし、転移に失敗したら?
(……考えるな)
カルロは、奥歯を噛み締めた。
考える時間があるなら、動くべきだった。
「アザミ」
隣で息を潜めていたアザミが、かすかに頷く。
「お前の分まで転移する余裕はねぇ。だから、俺が鍵を開けるまで待ってろ」
「……頼む」
アザミは、弱々しくもそれだけを言った。
それだけで十分だった。
(いくぞ……!)
カルロは、“転移者”の力を解放した。
一瞬で視界が歪む。
身体が空間の狭間へと引き込まれる感覚。
次の瞬間──
ドンッ!!!
「……ッ!!」
強烈な衝撃が体を襲った。
痛みが走る。
転移先に障害物があったのか、一部が壁と接触してしまった。
右肩がズキズキと痛む。血が流れている。
だが──
(成功……した……!)
カルロは、自分の足元を見た。
そこは、牢の外。
歪んだ石の奥には、狭い通路が存在していた。
(誰かが作った抜け道か……?)
考えている暇はなかった。
カルロは、すぐさま牢の鍵を探した。
幸運にも、すぐ近くの壁にかけられている。
(よし……!)
鍵を手に取ると、急いで牢の扉へと向かう。
アザミは、まだ中で待っている。
手を震わせながら、鍵を鍵穴に差し込んだ。
カチャリ
鉄の扉が、静かに開く。
「アザミ……!」
アザミが、ゆっくりと顔を上げる。
その目が、僅かに驚きに揺れた。
「……開いたのか」
「ああ、行くぞ」
カルロはアザミの腕を支えながら、牢の外へと引っ張り出した。
だが──
「どこへ行くつもり?」
凍りつくような声が、二人の背後から響いた。
振り向くと、そこには……
セリーヌが、無表情で立っていた。
その周囲には、ゆらゆらと揺れる水が漂っている。
「……最悪だ」
カルロは、息を呑んだ。
“水葬者”が、逃亡の邪魔をするつもりだった。




