第35話 裏切り
「タイトは、裏切り者だ!!」
その言葉が響いた瞬間、俺は思わず奥歯を噛み締めた。
アザミの顔も元に戻ってやがる……!
くっそ。なんでもっと速くに気づけなかった?
いや、それだけじゃない。
俺たちは、運がねぇとつくづく思う。
ダチュラの”予言”が外れることは、少なからずある。
それはしょうがない。アイツに落ち度はない。
落ち度があるとしたら、俺だ。
なんとかアザミはまだ生きているが、今すぐ殺されてもおかしくねぇ。
どうする?
せめて、こいつだけでも逃がせたら……
いや、それでどうする?
コイツを匿ってくれる奴なんて、どこにも……
誰もいない。しかも、一文なしときた。
どうすれば……どうすれば…
…どうすれば……どうすれば……
どうすれば……どうすれば…
…どうすれば……
脳内で繰り返す問いは、どこにも答えを見つけられない。
ふと、アザミの荒い息遣いが耳に入った。
手足は拘束され、服は泥と血にまみれ、唇には痛々しい裂傷がある。
だが、それでもアイツは俺を睨みつけていた。
その目には、まだ火が宿っている。
(まだ……終わっちゃいねぇ)
そう思った瞬間──
「よぉ、お疲れ」
場違いなほど軽い声が響いた。
オレンジ色っぽい五月蝿い色が目に焼き付くようだった。
──イグニスだ。
「あら、イグ。速かったわね」
「すぐ行くって言っただろ?」
「そうね」
セリーヌは、静かに息を吐いた。
「さてと、王宮で何しようとしてた?」
答えはない。
沈黙。それしか手段がない。
"王"を殺そうとしてたなんて言ったら、即処刑だ。延命処置だけでも.....
「……だんまりか。まぁ、いい」
イグニスは小さく鼻を鳴らすと、セリーヌに向き直る。
「セリーヌ。少し話がある」
「了解」
その場の空気が、微かに変わった。
「だが、急いで帰ってきて正解だったなぁ、セリーヌ」
本題に入る前に、適当な挨拶を交わす。
二人は、国に戻ってから、二手に分かれていた。
国に戻ってから、まともな挨拶をしていないのを鑑みたのだろう。
「ふぅ。最初は、何があったのかと思ったわ」
セリーヌもそれを理解し、返す。
「あぁ。まさか”王”が作戦中に、今すぐ帰ってこいなんて言うとはな」
「えぇ。まさか、あんな二人が王宮に火をつけるなんて……」
「いや、違う」
カイは、ゆっくりと首を横に振る。
「火をつけたのは、アイツらじゃない」
「え?」
「変な黒マント着た超強ぇやつがいたんだよ。多分そいつだ」
その言葉に、空気が僅かに張り詰める。
「....殺したの?」
「いや、逃げられた」
断言した。
「……そう」
「すまない」
イグニスの言葉に、セリーヌはほんの少しだけ目を伏せた。
だがすぐに、静かに微笑む。
「いいわよ。イグが無理だったなら、誰がやっても無理だったわ。それに、"王"もフィン無事と分かったことだし」
「....! 本当か?」
「リアナから、風磨石での連絡を確認したわ。フィンに関しては重症らしいけど、何とかなるらしいわよ」
「...そうか...」
静寂が降りる。
けれど、その裏で──何かが、確実に動いていた。
アザミは、息を整えるように目を閉じた。
だが俺は知っている。
アイツの瞳の奥にあるものを。
諦めてなんか、いない。
そして、俺も──まだ、終わりだとは思ってねぇ。




