第30話 烈火
地を揺るがす爆音とともに、炎が吹き上がった。
焼け焦げた瓦礫が四方に飛び散る中、イグニスは乱れた呼吸を整えながら立っていた。額を伝う汗が頬を滑り落ちるが、それを拭う余裕などない。熱気が肌を焼くほどに渦巻き、焦げた鉄と土の匂いが鼻を突く。
その時、目の前にいたはずの敵——欠落者が、一瞬で視界から消えた。
常人ならば、焦燥に駆られ、周囲を警戒するだろう。しかし、イグニスの瞳には、一切の迷いがなかった。
何故か。
彼は、もとより常人などではなかった。
刹那、彼の背後から殺気が迫る。
迷うことなく、イグニスは背後へ渾身の拳を叩き込んだ。
――轟!!
空気を震わせる衝撃。しかし、拳は虚しく宙を切り、奴は紙一重でそれを回避した。
「……ほう」
欠落者はそのまま後方へ跳び、拳を紙一重で避ける。僅かに焼け焦げた袖を見下ろしながら、心の中で呟いた。
(こいつ……やるな。ポテンシャルがある)
イグニスは静かに呼吸を整え、再び拳を構える。彼の纏う炎が、再び戦いの狼煙を上げた。
欠落者が静かに口を開く。
「——これで、終わりだ」
イグニスは即座に警戒し、集中した。しかし——
ヒュンッ
刹那、視界が歪み、次の瞬間には鋭利な刀がイグニスの腹を貫いていた。
「……ッ!!」
口の中に血の味が広がる。
(…...化けもん……がっ...!!)
それでも、イグニスは拳を引かなかった。
一定の距離をあけた。
そして、その言葉に、イグニスは薄く笑った。
「ハッ....奇遇だな。俺も次で終わりにする」
言いながら、彼は拳を強く握りしめる。すると、全身を包んでいた炎が収束し、一点へと集中していく。イグニスの右腕に赤熱した紋様が浮かび上がり、揺らめく火球が生まれた。まるで獣のように唸る灼熱の球体が、彼の拳に宿る。
欠落者の表情が、僅かに引き締まった。
「喰らえ——“灼炎衝”!!」
轟音とともに、巨大な火柱が天へと昇る。灼熱の奔流が荒れ狂い、大地を焼き焦がしながら突き進んだ。
その中心にいた欠落者の姿が、瞬く間に炎に包まれる。
悲鳴すら上がらなかった。
人が焼ける嫌な匂いもなかった。
ただ、影が燃え尽き、掻き消えた。
——しばらくの沈黙。
やがて、炎が静まると、そこには何も残っていなかった。
イグニスは肩で息をしながら、ゆっくりと拳を下ろす。まだ腕に残る熱を感じながら、彼は目を細めた。
「終わったか……」
静寂。
炎が静まり、残ったのは焼け焦げた大地と、熱で歪む空気だけだった。
しばらく警戒していたが、異変は感じられない。イグニスは荒い息を吐きながら、その場に膝をついた。
戦いは終わった。彼自身知っている。
奴を討てていないことを。奴がまだ生きていることを。
そして、あの強さの存在が、他にも潜んでいる可能性が十分にあることを。
「……また来るんだろうな」
彼は全てを知って尚、呟いた声は、熱を帯びた風に消えていった。
イグニスはただ拳を握りしめ、燃え尽きた戦場を見つめていた。
◇ ◇ ◇
†
イグニス 能力 『焔闘者』
人類が言葉を紡ぐよりも前から、この星を照らし続けたもの。
原初より恐れ、崇め、時に支配しようとしたもの。
それを己が掌中に収め、戦いの極限へと昇華する者。
†
闇を裂き、寒さを払い、命を守る温もりでありながら、同時にすべてを灰へと還す、災厄の化身。
決して縛られることなく、天へと昇り続ける力。
たとえその身が血に塗れようとも——




