第29話 追跡者
暗闇の中を、二人が歩いていた。
踏みしめる地面は湿り気を帯び、足音が夜の静寂に響く。
アザミが、短く息を切らしながらカルロを振り返った。
「カルロ…..まだ……追ってくる?」
「…さぁ…わからねぇ。でも、簡単に振り切れるような相手じゃねぇ」
カルロは後ろを一瞥しながら、唇を噛む。
気配はない。しかし、それが“いない”という確証にはならなかった。
次の瞬間――
ヒュンッ
空気を切り裂く鋭い音が、カルロの耳元をかすめた。
「――ッ!」
反射的に身体を沈める。直後、背後の木がバスンッと切断された。
アザミが息を呑む。
「嘘……」
闇に溶けるような木々の間――
一本の太い枝の上に、金色の髪をした少女が立っていた。
風に揺れる髪。
夜の闇を反射して煌びやかに輝く黄金。
美しい――それでいて、あまりにも冷たい存在感。
「……マジかよ……」
カルロが静かに呟く。
少女――セリーヌは、妖艶な笑みを浮かべながら、指先に揺らめく黒い刃のような液体を弄んでいた。
影のような漆黒の流動体。それは彼女の意志に従い、ふわふわと形を変えている。
「逃げるのは構わないけど……無駄だよ?」
彼女の周囲に、影が揺らめく。
いや、影ではない。
無数の黒い刃。
夜の闇と同化するように、それらはセリーヌの意志で浮遊していた。
「チッ……」
カルロは舌打ちしながら、アザミを庇うように前に出る。
時間稼ぎだ。
咄嗟に脳がその言葉を発音した。
「.....私たちを捕まえて.....どうするつもり?」
手の震えを必死に堪えて聞く。
セリーヌは、その言葉にくすっと微笑んだ。
「どうするつもり、か……うーん」
刹那。
セリーヌの瞳が細まり――
数々の黒い刃が、一斉に宙を舞った。
「別に、死んでもらっていいんだけど?」
彼女はただ笑っていた。
怒るでもなく、ただ笑みを崩さなかった。
刹那の閃光が、闇を切り裂く。
カルロとアザミの逃走は、もはや戦場へと変わろうとしていた。




