第28話 私たちの逃避行
雨は、いつの間にか小降りになっていた。
森に満ちる静寂の中、葉の隙間を打つ雫の音だけが響く。冷えた夜の風が吹き抜け、アザミの濡れた髪を揺らす。
二人は森の奥深くへと逃げ込み、しばしの休息を取っていた。
カルロは大きな木に背を預け、疲れた様子で息を整えている。
私もその隣に腰を下ろした。
闇に包まれた森の中で、ただ静寂があった。
私は俯きながら、自分の手のひらを見つめる。
指がわずかに震えていた。爪が食い込むほど握りしめていたせいで、薄く血が滲んでいた。
でも――生きてる。
それは、カルロが自分を引っ張り上げてくれたから。
もしあのまま倒れ込んでいたら、彼はどうしていただろう。
きっと、自分を置いて逃げることはなかったはずだ。
「……カルロ」
そっと口を開いた。
「ん?」
彼は、まだ息が落ち着かないまま顔を向けた。
「さっきは……その....助けてくれて、ありがとう」
カルロは少し驚いたように目を見開き、それから小さく笑った。
「……礼を言うなら、生き延びてからにしろ」
「うん……」
頷いた。
「でもね……それでも言いたかったの。カルロがいなかったら、きっと私はもう――」
言葉が詰まる。
カルロはそんな私をじっと見つめ、静かに息を吐いた。
「バカか」
アザミが驚いて顔を上げると、カルロは呆れたように笑っていた。
「お前が死んでたら、俺がここにいる意味がねぇだろ」
その言葉に、胸が熱くなる。
カルロは、最初からずっと私たちを守るために戦っていた。
ダチュラを失っても、心が折れそうになっても、それでも彼は――。
「……カルロは、強いね」
ぽつりと呟くと、彼は苦笑した。
「.....んなことねぇよ」
夜の闇が二人を包む。
遠くで何かの鳥の鳴き声が響いた。
アザミはふと、そっとカルロの手を握った。
小さく、震えていた。
「……怖くないの?」
彼はしばらく黙っていた。
ただ、アザミの指のぬくもりを感じるように、ゆっくりと息をつく。
やがて、低く呟いた。
「怖ぇよ」
「……え?」
「でもな、怖いからって立ち止まってたら、何も守れねぇんだよ」
カルロは夜空を仰ぐ。
雲の切れ間から、わずかに星が見えた。
「だから、俺は進む。アザミ、お前も――」
彼はアザミの手を、軽く握り返す。
「俺がいる限り、お前は死なせねぇよ」
その言葉に、アザミの瞳が潤む。
「……うん」
雨はもう止んでいた。
そして二人は、再び歩き出した。




