第22話 逃亡
目の前の存在が、自分を観察するようにじっと見つめている。
冷たく、感情の読めない視線。まるで、この次の瞬間に何が起こるのか試しているような――。
危険だ。
身体が、脳が、精神が、心が、警鐘を鳴らす。
カルロは、躊躇うことを辞め、迷いなく能力を発動させた。
次の瞬間、彼の姿は掻き消え――
私は、ふわりと宙に浮いた。
「――逃げんぞ」
唐突な言葉に、思わず息を呑んだ。
いつの間にか、私はカルロの腕に抱え上げられていた。強引に、まるで荷物のように。
「ッ……なんで!?」
驚きと混乱で声が裏返る。
「ありゃ、無理だ」
カルロの声音には、珍しく緊張が滲んでいた。
「ハッ? まだ、ダチュラが.....仲間を置いていくの? 強い敵とは戦わないの!?」
自分でも驚くほどの大声が出た。
逃げるなんて、そんなの――
「いいか? 弱っちいお前には分かんねぇだろうが、あいつは……やばすぎる。無駄死にはごめんだ」
「……それでも……!」
必死に反論しようとする私を、カルロは容赦なく締め上げるように抱え直した。
「っ.....いいか!? 俺はお前より強い! だから、ここは俺に従え!」
低く、鋭い声が耳元に突き刺さる。
「アイツも足手纏いがいなくなったら周りを気にしなくてよくなる……だから、お前はここにいちゃダメなんだよ」
その言葉に、ぐっと唇を噛んだ。
足手纏い。
分かってる。分かってるけど――
「……はい」
今度は、驚くほど小さい声しか出なかった。
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「...仲間に置いていかれたか。愚かだな。無論、逃がさないが.....」
淡々とした声で其れは云う。
「ねぇ.....なんで、私たちを殺そうとするの?」
ダチュラは自分でも、驚くくらい落ち着いた声で言った。
「世界を、支配するためには、邪魔者は皆殺しだ。お前は、死ぬのが怖いか?」
唐突に投げかけられた問い。
低く響くその声は、まるで静寂を切り裂く刃のようだった。
ダチュラは、一瞬だけ相手の顔を見つめる。
その瞳に映るのは、感情の読めない影。
だが、彼は迷いなく答えた。
「怖い? まさかだよ」
軽く笑いながら、肩をすくめる。
嘘ではなかった。少なくとも、ダチュラ自身はそう思っていた。
「へぇ」
短く漏れた声は、驚きとも納得ともつかない。
彼の言葉をどう受け取ったのか、相手の表情は読めなかった。
ダチュラは、ふと視線を空へ向けた。
今にも雨が降り出しそうな鈍色の雲がゆっくりと流れていく。
「……私が思うに、人間というのは、自分の理解できないものや知らないものを恐ろしく感じてしまうんだ」
ゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「ならば、その全てを知り、理解している者がいるとしたら……それは、恐怖という感情が欠落しているからなのか……それは、誰にも分からない」
静かに、しかし確かな響きをもって語られる言葉。
ダチュラ自身も、その答えを求めているのかもしれなかった。
ふと、其れの瞳がわずかに揺らいだ。
それは、彼女の言葉に共感したのか。
それとも――
夜風が静かに吹き抜ける。
二人の間に、答えのない沈黙が落ちた。




