第20話 “欠落者”
その一言を発した刹那、夜空を焦がす業火の柱が王宮を突き破った。
「……ッ!? 何……!?」
轟音に反射的に振り返る。視界に飛び込んできたのは、炎に包まれ、崩壊していく王宮の姿。黒煙が天を引き裂き、無数の火の粉が王都を覆い尽くす。
——そして、その炎の中心から。
"何か"が——
最悪と共に、墜ちてきた。
ズゥゥゥゥゥゥゥンッッッ!!!!!!!!
大地は砕け散り、空気さえも震え上がる。
王宮の屋根を突き破り、燃え盛る炎をまとって降下してきたのは、まるで、この世界の死の神の具現であるかのように。漆黒の影だった。
よく見ると、片手に一本の刀を持っている。
まるで、死神の持つ鎌のように。
其れは、土煙の中から、ゆっくりと姿を現す。
黒いフードに纏った男。
いや、男なのか?
姿が見えない。
闇に溶け込むその姿は、輪郭さえ曖昧模糊としている。
「なんだ.....お前は?」
フィンが其の者に問いた。
その事が、何を示すかも知らぬまま。
これから、どんな事態を及ぼすかも分からぬまま。
影の中の其れは、ただ静かに—— 冷たく、低い声で応じた。
「僕は"欠落者".....すべてを掴み、支配する者だ」
顔は見えないが、口元が笑みで歪んでいることだけは確認できた。
「...欠落...者?」
無意識に、その言葉を繰り返した。
なんだ。それは?
なんなんだ。この厨二病の具現みたいなのは。
なんなんだ、この——“不吉そのもの”のような存在は。
すると、フィンはこれまでで、今までで最速且つ最も鋭いレイピアの一撃で、躊躇なく其れを穿った。
——その筈だった。
しかし、何故か。
何か、何かがおかしい。
攻撃した筈のフィンの体が、一瞬で吹き飛んだ。
何が起きたのか、誰も認識できなかった。
フィンは、口から鮮血を吐きながら混乱している。いや、それしか出来なかった。
ただ、黒フードの男が剣を抜き放っただけだった。
これ以上ない程の絶技であった筈の、あの一撃を、まるで風を払うように、いとも簡単にいなし——
そして.....。
フィンを一刀両断した。
たった、それだけだ。そう、たったそれだけ。
国と王の絶対の守護者である彼——その名を知る者なら誰もが恐れる、絶対的な強者である彼を、まるで赤子の手をひねるように、
其れは無造作に斬り捨てた。
ダチュラもカルロも、言葉を失う。
私だってそうだ。
其れは、一瞬の間に、フィンの剣が届くより早く——いや、まるで時間を止めたかのような速さで、彼の刀がフィンの命を刈り取ったのだ。
其れは、血の一滴すら刀に纏わせることなく、静かに口を開く。静かに口を開いた。
「.....弱いな」
その一言で、ダチュラは正気になる。
「アザミ」
その時、ふと気づけば、ダチュラが私の隣にいた。
彼女の瞳には、普段の冷静さとは裏腹に、明らかに怯えた色が宿っている。
「——絶対に動くな」
その一言が、混沌とする戦場の喧騒の中に、厳かに響いた。
この時、ダチュラができることは何もない。
戦ったって、すぐに殺される。
せめて、できることは戦闘経験皆無のアザミに無闇に動かないように指示を送ることくらいだった。
戦っても勝てるはずがない。
この場にいる誰も、あれには勝てない。
ならば、せめて——“無駄死に”だけは避けなければならない。
だが——次の瞬間、私の目の前で、其れが消えた。
「……ッ!」
空気が震えた。咄嗟に、ダチュラが剣を構えようとした刹那——
ズバァッ!!!!
ダチュラの身体が、横殴りに吹き飛んだ。
「ダチュラぁぁぁーーー!」
反射的に、叫んだ。
無力な私には、そうすることしかできなかった。
地面を何度も転がる。そのまま、崩れた瓦礫に背を強く打ちつける。あの、優しかったダチュラが...
また、私は駄目なのだろうか。
それだけのための人生なのだろうか。
舞い散る土煙の中、彼女は苦しげに咳き込みながら身を起こそうとしている。
それを、黙ってみていることなど出来る筈もなかった。
「もう.....動くな、って言ったのに」
私が、ダチュラへと駆け出す瞬間——すでに、其れはデチュアの目前にいた。
「ッ……!」
なんで???
どうして.......速すぎる!
ダチュラの手が素早く腰の短剣へ伸びる——
だが——
ガキィィィィィンッ!!!!
甲高い音とともに、彼女の短剣が弾き飛ばされた。
それを可能にしたのは——ただ一本の指。
其れは、指一本で、ダチュラの願いを、短剣を弾いたのだ。
「——笑えるな」
静かに、しかし確実に。
——殺意がその場の温度を下げていく。
其れは、ゆっくりと刀を構えた。
まるで何かを”確かめる”かのように。
「お前も……弱いな」
次の瞬間、其れの刀が、迷いもなく振り下ろされ——




