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欠落者  作者: 喜國 畏友
運命、決戦編
189/222

第179話 廃劇場にて

 案内されるまま進んだ先は、王都の片隅にある古びた劇場だった。

 かつては市民の笑いと歓声に満ちていたのだろう。だが今は、木の椅子は軋み、幕は色を失い、舞台には厚い埃が沈んでいる。


「こんな場所に……?」

 私が目を細めると、エーデルは軽く肩を竦め、涼しい笑みを浮かべた。


「人目を避けるには都合がいいんだ。彼らは注目されるのを嫌うからね」


 その言葉の直後、舞台に二つの影が差し込んだ。

暗がりの中から現れたのは、対照的な気配を放つ男女だった。


 一人は、朱を帯びた鮮やかな橙髪を揺らす青年——イグニス。

 燃えるような瞳と、子供のように隠しきれない無邪気な笑み。その立ち姿は、火そのものの奔放さを思わせた。


 もう一人は、長く金に近い髪を流す女——セリーヌ。

 その冷ややかな眼差しは、触れれば凍てつく刃のよう。彼女がひと呼吸しただけで、劇場全体が凍りついた錯覚を覚えるほどだった。


「……遅い」

 セリーヌの声音は低く冷ややかで、観客のいない舞台に残酷な緊張を響かせた。


「いいじゃないか、セリーヌ。客人が来てくれたんだ」

 イグニスは笑みを深め、片手を掲げる。その掌にふっと炎が灯ると、赤橙の光が舞台を撫で、廃墟のような劇場を一瞬だけ蘇らせた。


「紹介しよう。俺がイグニス、“焔闘者”。そしてこっちは——」


「セリーヌ。名乗る必要はないわ」

 氷の刃のように鋭い言葉。彼女は一切の感情を見せず、ただ私とレンを一瞥するにとどめた。


 熱と冷。

 二人が並び立つだけで、世界は極端に裂け、視線を奪われた。


「……よろしく」

 私は小さく頭を下げる。


「あんたのことは、色々と聞いている」

イグニスが真っ直ぐに言葉を落とした次の瞬間、その身体が疾風のように動いた。


 ——彼は目にも留まらぬ速さで、深々と頭を垂れていた。


「我々の力が足りなかったばかりに、君に迷惑をかけた!

 すまない! どうか許してほしい!」


 その声には、炎のような激情と真摯さが同居していた。

 虚勢も見栄もない。燃え尽きることを恐れない、真っ直ぐな誠意だけがそこにあった。


「い……いえ」

 不意を突かれた私は、言葉を失いながらも、震える声でそれだけを返すしかなかった。


 ——氷の女と炎の男。

 王守(おうしゅ)四柱(しちゅう)の二人。その圧倒的な存在感は、舞台の瓦礫すら輝かせるかのように、鮮烈に胸へと刻まれた。

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