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欠落者  作者: 喜國 畏友
運命、決戦編
178/222

第168話 覚醒者

 店内の空気が、一瞬で張り詰めた。

 アザミの瞳は、漆黒の深淵のように光を拒み、ただ二人を見据えている。


「……なぜ、ここに……」

 タイトの声は、驚きと警戒が入り混じっていた。

 腰の短剣に添えた手が、わずかに震える。


 アザミは答えず、ゆっくりと指先を机に置く。その爪が木を軽く叩くたび、タイトの肩が僅かに揺れた。


「ふふ、そんな顔をするなんて」

 その声は、冷えた夜気よりも冷たかった。


 ダチュラは笑みを浮かべたままだ。


「……で、アザミ。ここにきたからには、何かをしに来たんだろ? 話してみておくれよ」


 アザミは軽く息を吸い、まるで他愛ない世間話でもするように。


 その瞬間、隅の席で飲んでいた客が椅子を引く音が響き、店の空気がざわめく。

 だがアザミは一歩も引かず、むしろ二人の前に身を乗り出した。


「……話し合いで済むなら、それが一番だと思ってる。

 でも——」


 その言葉の先は、まだ闇の中だった。


「でも?」


 ダチュラがにちゃにちゃと愉快そうにしながら聞き返す。


 アザミの唇が、ゆっくりと笑みに歪んだ。


「でも——譲らないなら、力ずくになる。

 タイト、今決めて。……殺すしかないよ?」


 その瞬間、机の下で何かが鳴った。

 ダチュラの指が握っていた細い金属が、低く澄んだ音を立てる。


「やれやれ……せっかくの酒が不味くなりそうだぜ。おい、アザミよぉ、なんでそんなになっちまっまのか知らねえが。俺を殺すだぁ?」


 タイトは椅子を蹴って立ち上がり、短剣を引き抜いた。刃がランプの光を受けてきらめく。


「上等だよ!」


 アザミは席を立たない。

 ただ、右手をフードの内側から引き出し、何も握っていない掌を二人に向けた。


「——ほら、どうする?」

 声は穏やかだが、その瞳の奥に潜む冷たさは、刃より鋭い。


 店の空気はさらに重くなり、客の何人かは椅子を引いて出口へと向かう。

 外から吹き込む夜風が、三人の間にある火花を揺らした。


「あっ、そうだ。忘れるところだった。

 ダチュラ」


 アザミは、真っ直ぐダチュラにもタイトにも目線を向けずに、ふと思い出したように口を開く。


「ふふ、なんだい?」


「この国は——私たちの物だ。

 せいぜい、抗ってみせなよ」


 朝美(あざみ)が、人間になった瞬間だった。

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