第165話 予兆の酒杯
「なあよぉ、ダチュラぁ」
くぐもった声に、ダチュラはゆっくりと顔を上げた。
そこには、酒に火照ったような頬をした小太りの男——タイトがいた。
「ん?
なんだい、タイト」
「お前ってよ、どうやってあいつらに勝つつもりなんだ?」
タイトの問いに、ダチュラは一拍置いてから静かに息を吐いた。
「……まぁ、手短に話すとね。アザミがいなければ、私たちはもうとっくに勝っていたはずなんだ」
「そんな、アザミって奴が運命を変えるようなことしたのか?」
タイトが目を細める。
「確かに、彼女は直接的には運命を変えていないよ」
「あぁ?」
タイトの語気がわずかに荒くなるが、ダチュラはどこ吹く風といった様子で笑みを浮かべる。
「時間は、嫌でもたっぷりあるんだ。
ゆっくり話そう」
そう言って手を挙げ、店員に酒を注文した。
間もなくして運ばれてきたグラスが、カタンとテーブルに置かれる音。
タイトは、それを一息に煽る。
「.......で、どこまで話したっけ?」
「アザミは、直接運命を変えてないってところだ」
「あぁ、そう。
そうだった。そうだった。まず、アザミがいて一番運命が変わっちゃったのは、エーデルと“王守の四柱”が主に手を組むことだよ」
「その変の説明はいいんだよ!
無駄だ。そのへんは知ってる」
苛立つように、タイトがテーブルを軽く叩いた。
同時に、二杯目の酒が運ばれてくる。
グラスを握りしめ、彼は再びごくりと喉を鳴らすように飲み干した。
ダチュラは、肘をついて頬杖をついたまま、じっとタイトを見つめていた。
その視線は、何かを測るように静かだった。
「じゃあ、なにを話してほしいのさ」
タイトは、酒精に煽られたかのような鋭い目つきで、ダチュラを睨みつけた。
「お前......なんか、隠してることあんだろ」
「例えば?」
淡々とした口調。だが、その裏にある緊張は、確かにタイトにも伝わった。
「そうだな......
例えば、——近い将来に、俺が死ぬこととか」
ダチュラの瞳がわずかに見開かれる。
その一瞬の反応が、何よりも雄弁だった。