第162話 お誘い
場の空気が、一瞬、静止したように感じられた。
扉の前に立つレイスの影が、細く長く延びている。
フィンの問いに、レイスはほんの少し間を置いて——
「……三光の武は、もういないの」
ぽつりと、呟くように言った。
その言葉が意味するものを、すぐに理解できなかったのか。
エーデルもカルロも、わずかに眉をひそめたまま、動かない。
レイスの声は、どこか淡々としていた。けれど、その奥に潜むものは、深く、重く。
「死んじゃったの。弟子の私が、燃え残った刀身を拾いに行った。……あの人らしい最期だったよ。綺麗な背中だった」
沈黙が、場を支配した。
誰も、すぐには言葉を継げなかった。
ただ、レイスの口元に浮かぶ笑みだけが、哀しみによって引きつっているのが、誰の目にも明らかだった。
「……誰にやられた?」
フィンが、低く問う。
それは、戦士としての問いだった。
仲間を失った者同士の、ただ静かな確認。
「私もよくは分からない。けど......この前国を襲ったみたい」
レイスの答えは、ひどく静かだった。
しかしその言葉を聞いた瞬間、エーデルが椅子を蹴るようにして立ち上がった。
「間違いない!
ダチュラと一緒にいたあの“剣士”か!」
エーデルが言い終えると、カルロが低く息を吐いた。
「アイツ……マジにバケモンみてぇだな……」
フィンもまた、深く眉をひそめた。
レイスが言う。
「あぁもう、“三光の剣豪”は、あいつの手の中よ」
その一言で、誰もが理解した。
すでに、“賊”は......
——一人の人間が、絶対に手に入れてはいけない力を手に入れてしまったことに。
「それで、話ってのは?」
レイスが小さく笑って言う。
「ふふ、もちろん。
一緒に、あいつを殺そうって誘いに来たの」