もう一つのプロローグ
俺には、幼馴染がいる。
虚川 朝美という。
……あいつのこと、いつから意識してたんだっけな。
気づいたら、ってやつかもしんねぇ。
なんさ、初めてのことだから分かんないことだらけだ。相談できるような相手もいなかった。
小さい頃は、よく一緒に遊んでた。家も近かったし、親同士が仲良くて、勝手にセットみたいになってた。
公園で泥だらけになって走り回ったり、どっちが先に鉄棒で逆上がりできるか競争したり……今思えば、変なことばっかやってたな。
でも、中学に入ってからだ。
あいつと、だんだん話さなくなったのは。
俺はサッカー部で、あいつはたしか、えっと……何部だっけ? 帰宅部か? まぁいいや。
毎日部活が忙しくて、帰る頃にはもうクタクタで、同じクラスでも顔見るだけって感じだった。
でも、高校に入って——たまたま、また同じクラスになれて。
気づいたら、視線で追ってる自分がいた。
後ろの席で髪いじってたり、笑ってたり、誰かと話してたり。そういうの、全部、目に入ってきた。
最初はよく分かんなかった。
でも、ある日、ふと「他の男と付き合ったりしたらどうしよう」って思って。
そのときにやっと、ああ、これ……好きなんだなって。
ま、俺はバカだし、サッカーのことばっか考えてて、そういうの遅いのかもしんねぇ。
でも——気づいたら、ちゃんと、好きになってた。
たぶん、ずっと前から、あいつはそこにいたのに。俺が勝手に追いついてなかっただけだ。
俺には、好きになった人がいる。
虚川 朝美という。
……んで、そんなことを思いながら、いつものように部活終わりにベンチに座って水飲んでたんだ。
夕方の風が気持ちよくて、ユニフォームも汗でベッタベタだったけど、妙に心は落ち着いててさ。
そしたら、横にいた武田が、ぽつっと言ったんだよ。
「なー羽柴、お前最近ぼーっとしてね?
集中力切れてんぞー?」
「……は? んなことねーし」
「いや絶対なんかあんだろ。.....もしかして、女か?」
——うわ、って思った。
ドンピシャすぎて、口が動かなかった。
なのに俺、なんかその時、変な笑い方しちまったらしくて。
「はっ、おま……マジか!? 誰だ誰だ!?」
しまった、って思ったときにはもう遅かった。武田の声がやたらデカくて、近くにいた他のやつらまで「え、羽柴女!?」「え、誰誰?マジかよ!!」って騒ぎ出して。
「お前あれだろー! 三組の……えっと、黒髪の……」
「バッ、ちげーよ!」
って言ったんだけど、ダメだった。
俺が否定すればするほど、「あーこれは図星だわ」「あーあー恋しちゃってんな〜羽柴〜」とかもう、止まらねぇ。
……なんで言っちまったんだ、俺。
っていうか、笑っただけでバレるってなんだよ。サッカー以外、ほんとダメだな俺。
でも、ちょっとだけ、ちょっとだけだけど。
その日、みんなに冷やかされてる時、悪い気はしなかった。
だって、たぶん、本気で好きだから。
でも、これが間違いだった。
あの時、あいつの名前を出したわけじゃなかった。
でも、みんな察してたんだろうな。昔から一緒だったってこと、同じクラスってこと、俺があいつを見る時の目……多分、わかりやすかったんだと思う。俺、バカだから。
最初はただの冷やかしだった。
「羽柴の彼女〜」とか、「また羽柴のこと見てんじゃね〜の?」とか。
教室で何人かが笑いながら、あいつに言ってるのを見たとき、俺はただ「バレてんな〜」くらいにしか思ってなかった。
でも、少しずつ空気が変わっていった。
あいつの席の周りに人がいなくなって、話しかける子も減って。
黒板係になっても、手伝ってくれるやつがいなくなった。
机に落書きされてたこともあったらしい。俺は、それを全然知らなかった。
あいつ、何も言わなかった。俺にも、誰にも。
親にも言ってなかったんだと思う。
いつもと同じような顔して、授業受けて、ノート取って、帰って。
それでも、ある日ふと、体育の後の教室に戻ったら、机にうつ伏せて、肩を震わせてるのが見えた。
声は出してなかったけど、泣いてたんだ、あれは。
——その時、初めておかしいって思った。
けど、その時もまだ、俺は“なんで”泣いてるのか、わかってなかった。
全部が繋がったのは、もっと後の部活の練習終わりだった。
武田に、「お前、やばいことになってんの気づいてねぇのか」って言われて、ようやく現実を突きつけられた。
「お前のせいで、あの子——めっちゃ言われてんぞ。『男に媚び売ってる』だの、『幼馴染の癖に調子乗ってる』だの……言われて、誰にも言えずにずっと我慢してたってよ」
——なにやってんだ、俺。
なんで、気づいてやれなかったんだ。
好きとか、言える資格……俺にあったのか?
そうだ。
明日だ。
明日、俺が告白して全部終わらせよう。
朝美にもちゃんと謝って、皆んなの誤解をちゃんと解こう。そうゆうのは、スマホ越しよりも、直に会ってするものだ。ちゃんと話そう。朝美なら聞いてくれる。分かってくれる。
よし、明日だ。明日。
そして、その次の日。朝美の両親は通り魔に襲われて亡くなった。
そしえ、朝美は行方不明になった。
全部、俺の所為だ。
もう、謝る相手すらいなくなってしまった。
俺は、屋上へと向かい自分にできる唯一の償いをした。