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欠落者  作者: 喜國 畏友
運命、決戦編
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第121話 告げられた鼓動

 ――沈黙の中で、誰かが息を呑む音がした。


 リアナが、じり、と足を一歩だけ踏み出す。だが椅子を引いて立ち上がったのは、私だった。


「……ふざけないで、エーデル。

 交渉ごっこをしに来たわけじゃない」


 カップをテーブルに置き、私は声を強めた。わずかに揺れる指先を隠すように、手を膝の上で握りしめる。


 けれど、彼はまるで意に介した様子もなく、相変わらずの微笑を湛えていた。

 まるで今この瞬間さえ、彼にとっては余興の一部であるかのように。


「じゃあ、何をしに来たんだい? 

 まさか怒鳴り合いかな? それとも、紅茶の品評会かい?」


「……私には、もう迷っている時間なんてないの。

 あんたと遊んでる余裕なんてない!」


 語尾が強くなった。

 その声に反応するように、茶葉の香りがふっと揺らぎ、空間が張り詰めていく。


 だがエーデルの視線は冷静そのもので、微笑を保ったまま、ゆっくりと視線をフィンへと移した。


「リアナの能力は、計画の“鍵”になる。それは事実だ。だが――無理に借りるつもりはない。

 信用がなければ、成り立たない話だからな」


「……お前が、リアナの弟を攫った黒幕なのは知ってる」


 低く、鋭い声だった。


 フィンが、一歩前に出て、椅子越しにエーデルを睨みつける。

 その言葉に、私は思わずエーデルを見た。


 そんなことまで、こいつは――。


「やだなぁ〜……言い方が悪いな。

 ちゃんと、元気な状態で返したでしょう? 僕なりの“誠意”だったつもりなんだけど」


「返す? 誠意?

 お前の言う“誠意”が通じる相手なんて、もうここにはいねえよ」


 フィンの言葉には苛立ちが混じっていたが、どこか冷えた声音だった。

 だが、エーデルは笑みを崩さない。


「んで、今度は誰を“治せ”と? 

 誰をお前は切り捨てて、次に拾うつもりだ?」


「おっと、やっぱり君は鋭いね。まさにその通りさ。……でもね、今回は少し趣向を変えようかと思って」


 茶目っ気たっぷりに肩を竦め、エーデルはアザミの方へと目を向けた。


「……アザミちゃん。君に、とっても良いお知らせがあるんだ」


 その言葉に、私はわずかに身構える。

 心臓が、一拍だけ間を置いてから早鐘を打ち始めた。


「……なに?」


 息を呑み、問い返す。


 エーデルは、まるで誰かの誕生日を祝うかのように楽しげな声音で、続けた。


「カルロくんね、」


 指でカップの縁をくるくると回しながら、わざとらしく間を置いた。


「――生きてるよ」


 その瞬間、頭の奥で何かがはじけた。


 時間が止まったような感覚。

 耳の奥で風の音すら遠のいていく。


 意味深な笑みが、カップの縁越しに広がる。


 ――歯車が動き出す音がした気がした。


 それは、過去の再訪か、それとも新たな地獄か。

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