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欠落者  作者: 喜國 畏友
運命、決戦編
129/222

第120話 紅茶の温度

 小さな鐘の音が、扉の開閉を知らせた。

 

 王都の街角にひっそり佇む古いお茶屋。木造の内装には落ち着いた香りが漂い、時間の流れさえゆるやかになるような場所だった。


 私は窓際の席で、静かにカップを傾けていた。


「ここ、気に入ってくれたかい?

 紅茶もスコーンも、この店が一番だと思っていてね」


 向かいに座るエーデルが、上品な笑みを浮かべる。カップを手にしたその仕草はどこか演技じみていたが、彼らしいとも思えた。


「……悪くない」


 私は曖昧に答える。心の奥では、まださっきまでの出来事が燻っている。唸る男のあの目が、今も頭から離れなかった。


 そこへ、また扉のベルが鳴った。


 ふと顔を上げると、茶髪の可愛らしい女の子がいた。


 名を、リアナという。



 彼女の隣にももう一人いた。


 その瞳が、すっと細くなる。


 名を、フィンという。


 ふっと、目があった。


 まるで刃物で心の表面をなぞられているような、そんな感覚が背筋を走った。


 二人とも表情は難しく、敵を見る目で私たちをみつめている。


 けれど、その目は真っ直ぐにこちらを見ていた。


「……用とはなんだ?」


 フィンがそう言って、こちらに歩いてくる。


「言っとくが、お前らのことを俺は信用していない」


 フィンもぶっきらぼうに続くが、その言葉の裏にある焦りのような感情に私は気づいた。


「おや、偶然だね。リアナにフィンくんまで」


 エーデルが柔らかく微笑む。


 フィンはその笑顔を軽く無視し、まっすぐ私を見つめた。


「偶然な筈があるか。お前のことだ、仕組んだんだろ?」


 フィンが低く言い放った。声は静かだったが、怒気は隠していなかった。


 私は黙って頷いた。


 紅茶の香りが、急に薄くなった気がした。いや、私の中で、現実の輪郭が鋭くなっただけかもしれない。


「まぁね」


 エーデルは、まるで天気の話でもするかのように気さくに答えた。その余裕ぶった笑顔は、炎の中で微笑む仮面のようだった。


「何の用だ?」


 リアナの言葉は短く、鋭い。立ち上がったまま、エーデルを見下ろしている。


「リアナさんの能力を貸していただきたい」


 その瞬間、言葉を遮ったのはフィンだった。


「断る」


 テーブルに拳をつきそうな勢いで、一歩前に出る。


「貴方なら、そう言うと思っていました」


 エーデルは、まるで退屈しのぎにチェスを差しているかのような声で応じる。


「だが……」


「ん?」


 フィンの目がわずかに揺れる。


 その隙を見逃さず、エーデルは微笑を崩さないまま、ゆっくりとカップを傾けた。


「お前の計画について教えろ。教えるなら考えてやらんこともない」


 その言葉には、静かな意志がこもっていた。


 だがエーデルはやはり、笑っていた。


 それは、何もかも想定通りだと言わんばかりの、飄々とした笑み。


「……なるほどぉ〜

 ようやく“入り口”に立てたようだね」


 カップを置いた彼の声が、喧騒の外にあるように響く。


「フッ......なら、交渉といこうか。

 君たちが僕をどこまで信用できるかは……この紅茶の味次第、かな?」


 リアナの眉がぴくりと動いた。


 茶の間に広がる沈黙は、まるで硝煙の匂いのようだった。

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