第111話 微笑みの裏で
——目を覚ました。
外はまだ少し暗い。
カーテンの隙間から月の光が細く差し込んでいる。
隣を見ると、ダチュラの姿がなかった。
「……え?」
喉の奥から漏れる声が、やけに大きく感じる。
部屋の中は静まり返っていた。
さっきまで隣にいたはずだ。
あの優しい声で、「今日は一緒に寝るだけだから」って——
鼓動が段々と速くなる。
どこか、嫌な予感が胸の奥で膨らんでいく。
——その時。
微かな物音が耳に届いた。
階段。きしむ音。
それに混じる、誰かの話し声。
息を呑み、そっとベッドから降りる。
床が鳴らないよう慎重に歩みを進め、ドアの前に立つ。
ゆっくりとノブを回し、わずかに開ける。
——聞こえた。
「……もう少し。あの子には気づかせないで」
ダチュラの声。
柔らかくて、どこまでも優しい声。
でも、言葉の意味が分からない。
風磨石で誰かと——
——話している......??
そして。
“あの子”って——私のこと?
視界の端がじわりと滲む。
心臓が痛い。喉が詰まる。
「カルロのことも……わかってる」
——カルロ?
胸がざわつく。
やめて、やめてくれ。そんな名前を今さら持ち出さないでよ。
でも、耳は勝手に続きを求めていた。
「これが終わったら……私も——」
言葉が途切れる。
まるで、意図的に遮られたように。
誰と話しているのか。
何を隠しているのか。
わからない。でも、確かなのは一つだけ。
ダチュラは、何かを隠している。
震える足でその場を離れようとした、その瞬間だった。
「……誰?」
振り返る。
階段の途中に、ダチュラが立っていた。
どうして——
ついさっきまで玄関の前にいたはずなのに。
「あぁ......アザミか....どうかしたのかい?」
微笑むダチュラの顔は、いつもと変わらない。
昨日の夜に抱きしめてくれた時と同じ、優しくて見ていたら溶けるような顔。
でも。
もうその笑顔が信じられなかった。