第108話 再開
──カチャ。
静かな音が、扉の向こうから聞こえた。ノブが回る音だ。
その一瞬で、心臓が跳ね上がる。
──来た。
震える指先でナイフの柄を握りしめる。奥歯を噛み締め、息を殺した。
ガチャリ。
扉が、ゆっくりと──こちらの世界へと、軋むように開かれる。
そして。
いた。
その姿を目にした瞬間、呼吸が止まった。
血まみれの顔。腫れ上がり潰れた片目。裂けた口元。全身泥と返り血で濡れ、衣服は破れて原型を留めていない。
言葉が出ない。ただ、理解できなかった。
「……っ……!」
──“唸る男”。
紛れもなく、先ほどまで死闘を繰り広げたあの男だ。
……だが。
「……なんで、生きてるの……?」
震える声が漏れた。
ありえない。ありえないんだ。
あの時──首を、完全に斬り落とされていたはずだ。
その光景をこの目で見た。血が噴き上がる様子まで、はっきりと焼きついている。
「ォ゛ォ゛……」
低く濁った唸り声が喉の奥から漏れる。
私はナイフを下ろした。
戦う理由なんて、もうどこにもない。疑う理由すら消え失せていた。
この男は──“敵じゃない“のだから。
「……なんで……生きてんだよ……」
呟いた声は、自分でも情けなくなるほど小さかった。
ダチュラといい、この男といい──この世界の理はどうなっているんだ。
この世界の人間は、死んでも生き返るのだろうか?
……いや、そんな仕組みがあるなら、ダチュラが教えてくれないはずがない。
理屈じゃない。奇跡でもない。
ただ──この男は、それでもなお立ち上がったのだ。
唸る男は言葉を持たない。ただ、不器用に、震える片手を伸ばして──ダチュラの方を指し示した。
──庇うように。
「……」
敵意は、どこにもない。
その動きすらままならぬ身体で、それでもなお“誰かを守ろうとする”──ただ、それだけの意志だけがあった。
「……助けに来たの?」
口にした瞬間、男は血塗れの顔で──わずかに口角を引き上げた。
──笑っていた。
それだけで十分だった。
次の瞬間──その手が、ダチュラへと伸ばされる。
その瞬間──
「……ッ!」
微かに息を呑む音がした。
──目を覚ましたのだ。
「……ダチュラ……!」
私が名を呼んだ。
「……成程。
考える上で最も、起こってほしくないことが起きたようだね」
静かな声だった。だが、耳にした瞬間、背筋に冷たいものが走る。
「ダチュラ……!」
その声音で、理解した。
分からないはずがない。
──記憶が戻ったのだ。
「色々、迷惑をかけたようだね。……アザミ」
その声には──かつての“彼女”が戻っていた。
私は震えたまま、ナイフを握り締めていた。
こうして私は──“ダチュラ”と再会を果たした。