第104話 価値なき命
「殺さない」
その言葉が落ちた瞬間、辺りの空気が変わった。息を詰めていた私もジュリも、一瞬だけ肩の力が抜ける。
けれど、それはすぐに間違いだと知る。
「……殺す価値もない、って意味か.....」
私の声が震えた。自分でも情けないと思うほど、か細い声だった。
彼は、にやにやと笑ったまま、肩を竦める。
「んー.....ハズレでもないが……当たりでもない
......つまんねぇ奴だな、お前」
剣を鞘に納めた。カチャリ、と金属音。だが、それが逆に不気味で仕方ない。
「正直、もう興味がないんだ」
「──なに……?」
「“唸る男”には少し期待してた。ま、せいぜい獣止まりだったがな」
そう言って、剣士は片手で口元を隠しながら小さく笑う。その目が、まるで死人のように冷たい。
「……だが」
そう呟くと、今度はジュリに視線を向ける。
「お前には、ほんのちょびーとだけ興味がある」
ジュリが、ビクリと肩を震わせる。だが彼女は必死に冷静を装って前を睨んでいた。
「……私に?」
「あぁ、まぁ......でもいいや.....」
剣士はくるりと背を向ける。その場の空気が一気に緩む。
けれど──
「逃げるのも、泣きわめくのも勝手だが……一つだけ忠告してやるよ」
背を向けたまま、言った。
「そんなんじゃ、あいつには勝てないぜ?」
彼は、そのまま立ち去った。
私たち三人は、己の無力さに歯噛みした。