第0話 欠けてゆく
二人の者が、世界を変えようとしていた。
これは、ほんの始まりにすぎない。
「行くぜぇ、ダチュラ。覚悟はできてっか?」
「勿論さ、迎えに行こう。プリンセスを」
その瞬間、空間が、ガラスのように割れていく。
少しずつ。確実に。
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私は、自分で云うのもなんだけれど、"悪い人"ではないのだと思う。
16年間の間、真っ当に生きてきたし、親やクラスの人たちともそこそこ仲がよかったし、何より私は私のことが好きだ。
いや、これも自分の思い込みだとするなら気が楽だ。
冬の寒空の下、人気のない高架橋の上に立っていた。冷たい風がコートの隙間から入り込み、身体を刺すように冷やしていく。だが、その痛みすら、心底どうでもよかった。いや、暖かいよりはいいか。
今からこうして自殺することに躊躇うこともなくなる。
ここ数ヶ月、小学生から仲の良かった友人から裏切られ、とてもじゃないが耐え難いようないじめを受けたことも、それを両親や先生に隠していたことも。
たった今、両親が無差別に人を殺すような通り魔に包丁でめったざしにあって殺されたことを知ったのも。もう、どうでもいい。残されたのは孤独と無力感だけだ。
私は、壊れた。
警察から、連絡がきた時のことは、よく覚えていない。犯人は捕まってから、だから何なの?
それで、失われた人は戻ってくるの?
違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違う。違...
それでも、足は震えていた。
本当に、これでいいのだろうか。
両親との楽しい思い出が、走馬灯のように脳裏をかすめていく。
クラスメイトの笑顔も浮かんだ。
でも、違う。違うんだよ。
もう、あの頃の私じゃ...
全部、全部、壊れてしまったんだ。
いいや、どうでもいいや。
お父さん。お母さん。今からいきます。
会ったら、沢山謝るね。
そう、思いながら。
自分が住んでいるアパートの屋上から飛び込んだ。6階だった。確実に死ねると思った。即死できずとも、苦しんででも死ねるなら。
もし、苦しんでも自分の罪の贖いにできると思っていた。
でも、死んでいなかった。
耐え難い苦しみもなかった。そりゃ、そうだ。
飛び込んだ私の手を誰かが掴んでいたのだから。
「ふぅ〜。ギリッギリだったね♡」
その人は、太陽のような笑顔で私を見て笑っていた。