008 お仕事スタート?
ここは仲間と私が救った世界の百五十年後。
それは間違いない事実なのだろう。
客観的な証拠をいくつも提示され、正直納得せざるを得ない状況だ。
しかし、百五十年後だと頭で理解したからと言って「はいそうですか」とすんなり受け入れられるわけでもない。
心情的な部分はとくに。
けれどそれは仕方のないことだ。
私にとって数年前まで、長いこと共に過ごした大事な仲間達。そんな仲間がすでに誰一人としてこの世に残っていない。
その事実はとても寂しくて、悲しいことだから。
だからって、全てを悲観し自ら人生を投げ捨てる。そんな生き方を私はしたくない。
混沌としたあの時代。
魔物により、勝手に人生を終了させられた人たちを、私はたくさん見てきた。だから私はここがどこであろうと、生き抜いてみせる。
そんな確固たる決意を持ち、そのためにまずは生活の基盤を築くところから。
そう考えた私は、エメル殿下の弱みにつけこみ、私でも務まりそうな、簡単な職を斡旋してもらった。
というわけで、現在私はアルカディア城内に常設されている、帝国歴史博物館の裏。歴史保管庫という空調管理ばっちりな場所にいる。
「そちらはどうですか?目録通り、数の不備などはありませんか?」
少し離れた場所にいるエメル殿下から声が飛んできた。
そう。何を隠そう遺跡泥棒の件が晴れたにもかかわらず、私は以前と変わらずエメル殿下と一緒に行動することを、余儀なくされているという状況だ。
というのも職を斡旋しろと迫った私に与えられた職場が、古代魔法研究所だったから。
しかもひとまずエメル殿下のアシスタント職員として採用されたようで。
現在はエメル殿下と共に、封印の塔から持ち出された遺物のチェックに勤しんでいるところだ。
「今のところは、特に問題はなさそうです」
私の返事に、エメル殿下は小さくうなずく。
「では残りのチェックもお願いいたします」
「了解です」
エメル殿下に指示された通り、私は遺物のチェックに戻る。
「遺物か……なんだかな」
つい最近まで現役だったあれこれが、遺物呼ばわりされる現実。
微妙に納得がいかないような。
多少不満を抱えながらも、私は次なる展示物に目を向ける。
「えっ、流石にこれは保管する意味がわかりません」
そもそもこんなものを、後世に残す意味があるのかすら分からない。
「実に謎なんだけど」
私はいかにも貴重品といった感じで、台の上に整然と置かれた、木の櫛を眺める。
これは私が二年ほど過ごした封印の塔の中で愛用していた櫛だ。誰もがよく知る櫛そのもので、用途は勿論自分で手を動かし、髪を梳かすだけのもの。
魔導具でも何でもなければ、いわゆるその辺に生えていた木を削ってつくられた普通の櫛だったはずだ。
「これ、ただの櫛ですよね?」
私は一応確認の意味を込め、エメル殿下に尋ねる。
「あぁ、その櫛ですか。それは英雄であるティアリス様が使っていたという、プレミアがついたものですから」
私の隣に並んだエメル殿下は、満足げな視線を櫛に向けた。
「そういうものなの?」
「ええ。いつの時代も英雄と呼ばれた方々の愛用品は、展示物として人気なんです」
エメル殿下は当たり前といった感じで口にする。
「それにこの櫛に使用されている木材。それが今や絶滅危惧種で、大変貴重なものだと判明したのです」
エメル殿下は私に、ただの櫛を展示した真相を告げた。
「なるほど」
私は馴染みの工房に飾られたウィッチワンドを思い出す。
確か飾られた杖の下には「名匠ペテルロプスが初めて作成したウィッチワンド」という金のプレートがついていた。
私は毎回よくわからないまま、「ほほう、これが」などと感慨深い表情を作り眺めていた気がする。
たぶん、そういうことだろう。
「こちらは終了しました。ティアリス様の方で、何か不備などございましたか?」
エメル殿下が、丁寧な口調で私に問う。
「殿下、再三お願いしている通り、私に敬語はやめてください」
「では、ティアリス様もおやめください」
「それは無理ってもんよ」
「では俺も無理だ」
とまぁ、わたしたちは毎回こんな調子だ。
お互いを微妙に尊重しあった結果、わりと仕事がやりずらい状態になっている。
「来年には、封印の塔から発掘された遺物の展示ができるといいのですが。きっと誰もが待ち望んでいるだろうし」
エメル殿下はカブトムシを見つけた少年のよう。
目をキラキラと輝かせ、封印の塔から運び出された古びたガラクタを満足気に眺めている。
「百五十年前の遺物なんて、興味ある人がそんなにいますかねぇ」
思わず本音が漏れる私。
「過去っていまさらどうにも出来ない、もはや過ぎ去ったものですし。それよりまだ見ぬ、新しく紡がれる未来にこそ、人は興味を示すような気がしますけど?」
思い切って、感じたままを尋ねてみた。
「遥か彼方に通り過ぎた遺物だからといって、無意味ではない。そもそも歴史を学ぶこと。それは先人たちの知恵を現在から未来へと活かすことでもある。だから過去のものを理解することは、未来にとって無駄ではないはずだ。それに今回発掘された遺物は、この国で教育を受けた誰もが一度は学ぶ魔物との戦いに関わるものだ。きっとこの展示企画が実施されれば、かつてないほど、大成功を収めるに違いない」
エメル殿下はいつになく、熱く語ってくれた。さすが遺物マニアと囁かれる皇子なだけはある。それにようやく「私に敬語を使いがち」という呪縛から逃れてくれたようだ。
「ま、私にとってはつい最近まで使用していたものですから。だからこうして百五十年前の遺物が出土されたなんて言われても、あんまりピンとこないし、なんだか私物が飾られるって、とても不思議な気分で、恥ずかしいですけどね」
「まぁそこは、目を瞑ってもらうとして」
「って、これも保管するんですか!!」
私が驚く視線の先にあるのは、白い木綿のワンピースだ。
つい先日まで、寝巻き兼普段着として、大変お気に入りだったものである。
なんといっても頭から被るだけという楽ちん使用がたまらない。
そのため朝起きて着替えもせず、ダラダラと日中をあのワンピースで過ごしていた結果、洗濯しても落ちないシミがあちこちについている。
「さ、流石にこれはプライバシーの侵害すぎます」
私は遠回しに保管を諦めろと訴えた。
「しかし衣類は、身につけていた人物像を想像しやすいものだ。シンプルに見えて、肌触りの良い木綿を選んでいるところとか、裾に花のステッチをしているあたり、自分で刺繍しておしゃれを楽しんでいたのだろうかとか。それにその何気なく縫われた花の種類も、当時の植物における生態系を紐解くのに、わりと興味深いものだったりするしな」
「だからそれが、プライバシーの侵害なんですってば!」
どうやら遺物マニアであるエメル殿下にとって私の寝巻きは、もはやただの寝巻きではないようだ。過去を探る立派な研究対象になってしまっているようで。
「保管リストから取り下げるなんて無理だ」
あえなく却下されてしまった。
「もういいです。わかりましたよ。どうぞ保管しちゃってくださいな」
どうにでもなれ。諦めの気持ちで私はぐるりと部屋を見回す。
ほんのりとした照明の中、ひときわ異彩を放つものがある。それはガラスケースの中に飾られた、光を帯びた結晶体だ。
あれは塔から持ち出された高濃度エーテル結晶体で間違いない。
世界中を旅して私達が必死に集めた、大小様々な結晶体。もう二度と外に出してはならぬと、私ごと塔の中に封印したはずのもの。
「本当に、あそこにあっても安全なんですよね?」
「ん?」
エメル殿下が、私の視線の先を追う。
「あぁ、高濃度エーテル結晶体のことか」
「あんな薄いガラスで覆うだけで、大丈夫なんですか?」
未だ技術の進歩とやらに追いつけていない私は不安でたまらない。
「君が不安視するのも無理はない。けれどあのガラスはエーテル波の放出を遮断する効果のあるものなので大丈夫だ」
「でも、割れたりしたら」
「魔導技術で強化されたものだからその心配はない」
「じゃ、万が一盗まれたりしたら」
「この博物館は帝国政府が管理する施設だ。盗難に遭うなど、それこそ心配無用だと思うが」
帝国の支配下にある施設だから信用しろだなんて、そんな曖昧な理由じゃ無理だ。
「元々、封印の塔にあったはずのものが外部に持ち出された。その結果、この世界に魔物が生まれたんですよ。もしかしたらあの高濃度エーテル結晶体は普通のとは違うのかも知れないし」
実のところ、私も高濃度エーテル結晶体について全てを理解しているわけではない。けれど、呑気に他の遺物と同じように扱っていいわけがない。
「あんなガラス一枚で信用できません。また世界のエーテルが乱れて、魔物が襲ってきたらどうするんですか?帝国が責任とれますか?」
危機管理能力が欠如しているのでは?と私はエメル殿下をキッと睨む。
「ふむ……言って聞かぬ者には、実際に経験させるしかないか……」
ボソリと不穏な言葉を呟くエメル殿下。
「痛いのは嫌です」
咄嗟に吐き出した私の言葉にエメル殿下はプッと吹き出した。それから吹っ切れたような表情になり。
「よし、ここは一通り確認したから大丈夫だろう。君の市民登録もそろそろ完了するはずだ。今日はこれから散策しよう」
「え、お仕事はもう終わりですか?」
「君には知識のアップデートをしてもらう必要がありそうだからな。君みたいなタイプは座学でしっかり学ぶよりも、実際の経験こそ大事な気がするし」
「もしかして私、馬鹿にされてます?」
「そうと決まれば、ますば市民管理課に向かうぞ」
エメル殿下は勝手知たる我が家。そんな勢いでスタスタと部屋を横切っていく。
「ちょ、待って下さいってば!!」
何だかんだ、見知った人がいない世界で一人にされるのは不安でしかない。
「上司があれとか、異議ありだけど」
それでもいないよりはマシだ。
「待って下さいってば!」
私は慌ててエメル殿下の後を追うのであった。