073 殿下に嫌われる方法1
翌朝。私はあまりの寝苦しさに目を覚ました。するとそこには、私を背後から力強く抱き締めて眠る、エメル殿下の姿がまだそこにあった。しかもご丁寧に、私の脚には殿下の脚が絡まっているという状態だ。
「うそ……っ」
今まで一緒に眠った事すらなかったのに、一度許すとその先は簡単に越えてしまうのかと私は自分に幻滅した。それでも殿下の体温が心地よく、私は離れがたくなり、そのまま今日の作戦を考える事にする。
今日の私は英雄ではなく、悪役に徹しなければならないからだ。
ニナ嬢に許された期限は実質今日いっぱい。
「って、やっぱあの人、時間の感覚ないのかも」
思わず口を尖らせ愚痴る。
そもそも陛下から与えられたカリキュラムを淡々とこなす私は、古代魔法研究所を欠勤している状況だ。よって殿下と一日中一緒にいられる訳ではない。
さらに今日は明日の舞踏会に向け、殿下だって何かと忙しいはずだ。
昨日殿下が酔っていたのも、研究所の仕事をお休みして、誕生日関連の皇子業務に当たっていたからだろう。
皇子ともなると、誕生日を迎えるだけでそれなりに大変そうだ。
となると私に残されたチャンスは、殿下が起きてこの部屋を出ていくまで。それしかない可能性だってある。
その事に気付いた私は落ち着かない気持ちで焦りだす。
「殿下が私を嫌いになる方法、何かないかな……」
そもそも好んで誰かに嫌われたいと願う人の方が少ないに決まっている。私だって思い返してみても、わざと誰かに嫌われようだなんて考えた事は一度もない気がする。
「でも、何か考えないと。あっ、人工知能とかいうの。あれがあった」
私は枕元に忘れ去られていた、エーテルフォンに手を伸ばす。
最近殿下に教えてもらった「チャットチャットン君」というアプリは、最新の技術を使用して作られたものらしく、テキストで尋ねると、答えてくれるというアプリだ。
『エーテルネット上に存在する様々な情報へ迅速にアクセスし、そこから自律的に応答を生成してくれるんだ。その結果、作業の効率化に繋げられる、実に未来ある優秀な技術だ。君も活用してみたらどうだ?』
常日頃から時間が足りない上に、面倒が嫌いで効率重視な一面を持つエメル殿下。そんな彼にはチャットン君がピッタリなようで、私にもオススメしてくれた。
けれど私は考える時間がもっと欲しいと願うような事もあまりなく、日々時間に追われる事も殿下に比べたら、圧倒的に少ない。そもそもチャットン君に何を尋ねたらいいのかすらわからず、今日の天気を聞くくらい。完全にお天気アプリの扱いとしてエーテルフォンの画面の中に存在しているという状況だ。
「よし、いでよ、チャットン君」
私はポチリと薄緑のアイコンを押した。するとすぐに起動画面が開き、質問を入力する画面が表示された。
「何て質問すればいいのかな?」
私はそこでつまずいた。
「確か殿下いわく……」
人間と違いチャットン君は回りくどい言い方をすると、考え込んで固まってしまう時がある。だから聞きたい事は簡潔に。それが正しい答えを導き出すコツだと、殿下に教えてもらった事を思い出す。だから私は言われた通り、今知りたい事を入力する事にした。
「えーと、人に嫌われる方法を教えて下さいっと」
私はダイレクトに尋ねる。すると数秒ほど黒いカーソルが点滅し、その後すぐにチャットン君が、まるで人間が文字を打つように、返答を書き込んできた。
「うわ、難しい問題でもすぐに答えてくれるなんて。あなた凄いわ」
私は何でも解決できそうなチャットン君に、羨望の眼差しを向ける。
そして、導き出された解答をじっくり眺めると……。
『私は倫理的であり、他人に嫌われる方法を推奨することはしません。他人との良好な関係を築くこと、相互尊重や共感を持つことが大切です。人々とのコミュニケーションや関係を向上させるためには、誠実さ、思いやり、共感を示すことが重要です。それによって、相手との関係がより良いものになります』
私は目が点になった。どうやら私は倫理観に問題があると思われたようだ。しかも間違った倫理観を正す方法まで、親切に解答してくれている。
「なんて優しいの……でも、今はその答えは欲しくないんだよねぇ」
気を取り直し、私は別の聞き方にしてみる事にする。
「大好きな人に嫌われる方法を教えて下さいっと。これならどうよ」
より具体的な質問だ。これは間違いなく教えてくれるに違いない。期待を込め、私は質問を送信する。
するとチャットン君は考える間もなく、恐ろしい速さのタイピング速度で回答してきた。
『私は人々が良好な関係を築くのをサポートすることを使命としていますので、他人を嫌わせる方法についてアドバイスすることはできません。相手の感情や尊厳を尊重し、誠実に接することが大切です。自分の感情や欲求を適切な方法で表現し、相手とのコミュニケーションを通じて互いの考えや感情を理解し合うことが重要です』
まるで怒っているかのような速度でタイピングされた回答。
私はもはや反省の気持ちと共に、無言で画面を見つめるのみだ。
どうやらチャットン君は、聖人のような存在だと判明した。同時に、人間こそ浅はかな生き物だという事も判明した。
「やっぱ、人に嫌われたいなんて、おかしいんだって」
人工知能にすら匙を投げられ、正しく生きろと諭された私は絶望的な気分でエーテルフォンから手を離す。
しかし、この難題を解決しなければ、殿下や陛下にもっと迷惑をかけてしまうのも事実で。
「嫌いって事は、好きじゃないの反対で……」
頭を整理しようと口にするも、さっぱり思いつかない。それでも何とかない知恵を絞り、私は一つだけ思いつく。
「殿下の嫌いなタイプの女性になればいいんだ」
しかしその案もすぐに座礁する。
そもそも殿下がどういう人が苦手なのか、私は知らないからだ。
「チャットン君に……」
私はすぐにそれは無駄だと諦める。聖人チャットン君の事だ。もっともらしく「人を嫌うな、好きになる努力をしろ」と言ってくるに違いない。
「あ、確か社交の本に書いてあったような」
部外秘と書いてあるその本の中に、確かこんな一文があったと私は思い出す。
『苦手な人がいても、表面上はニコニコ愛想良くしておくべし。あからさまに態度で示すのは、敵を増やすだけなので、スマートな対応とは言い難い』
つまり殿下は苦手な人がいたとしても、わかりやすく態度で示すことはないのだろう。だとすると、彼の苦手なタイプの女性を演じて嫌われる作戦は無理だという事になる。
「他には何かあるかな」
懲りずに思考を巡らせていると、突然ぐいっと引き寄せられた。それから何かを確認するようにペタペタと殿下の手が私の体を這いまわる。
「く、くすぐったいです」
思わず漏らすと、ガバリと布団がめくられた。
「寒っ」
「は?何故そこで寝ている」
半身を起こした殿下は、驚きの表情を私に向けている。
「おはようございます」
とりあえず私はベッドの上に姿勢を正して座り、朝の挨拶をする。するとエメル殿下は「ああ、おはよう」と爽やかな笑顔で返してくれた。
それが嬉しくてふふっと笑うと、何故か視線をそらされてしまう。
「で?」
「はい?」
「なぜここで寝ているのかと聞いている」
殿下は困惑した表情で私に厳しくたずねるのであった。




