050 殿下の悪友はまさかの
私の故郷であるパトーラは、かつて小さな町だった。しかし周囲の小さな町との合併を繰り返し、今や帝国でも第三の人口を誇る大都市となっているそうだ。
「記憶の中のパトーラとは、もはや別物って感じなんですけど」
転送魔法で帝都からひとっ飛び。パトーラに久しぶりに降り立った私は、目の前に広がる光景に驚き固まる。
私が知る限り、パトーラはなだらかな丘に広がる町で、市街地に立つ一際大きな教会の周囲をぐるりと囲むように成り立つ町だった。
小さな家や建物が、緑豊かな丘の上に散らばるように建ち、町のシンボルとなる教会が鳴らす鐘の音が風に乗って町中に響き渡る。そんなのどかで穏やかさが取り柄のような町。それが私が知るパトーラだ。
けれど今、私の目の前に広がるのは高層ビルが空にそびえ立ち、多くの車が行き交う道路。
帝都のようにそびえ立つビルで空が見えないというほどではないにせよ、のどかさとは程遠い街並みが広がっていた。
「これもまた、帝国の成長の証」
などと良く捉える事も出来るけれど、正直故郷が消失してしまったような気分になり、がっかりする気持ちの方が大きい。
そもそも今回パトーラを訪れた目的は多忙を極めるエメル殿下の心身を休ませ、健康を保つこと。つまり保養が目的だ。
そのために必要なものは、かつてのパトーラが持っていた、丘の斜面に広がる緑の草地や青々とした木々、それから小川のせせらぎに森の奥から聞こえる小鳥のさえずり。そんな自然あふれる光景なはず。
「殿下、この街でリフレッシュ出来るんですか?」
帝都とあまり変わらぬ景色を眺めながら、私は隣に降り立った殿下に尋ねる。
「あぁ、聖地だからな」
きらりんと目を輝かせる殿下。
「なるほど。歴史好きには緑豊かな光景なんて二の次なのか……」
私はまた一つ賢くなったのであった。
「エメル、久しぶり!!」
やたら威勢のよい声が響き渡った。声のした方を振り向くと、そこにはカーキ色の軍服に身を包む背の高い男性が立っていた。
清潔感たっぷり。短く切りそろえた赤髪に、化石化した樹液を思わせる琥珀色の瞳。男性の顔立ちは柔らかく、優しい眼差しと明るい笑顔が印象的だ。
「おっ、久しぶりだなフリッツ。相変わらず元気そうだ」
エメル殿下が嬉しそうな表情でこちらに声をかけた男性、フリッツ様に応じる。
「エメルがこっちに来るなんて珍しいじゃないか。もしかして、ようやく結婚でもする気になったから俺に報告しに来たとか?」
冗談交じりに問いかけるフリッツ様。しかしエメル殿下はぐっと言葉を詰まらせる。
なんせ私達は数日前、二人揃って恋人不在の現状を嘆いたばかり。今の冗談は殿下には、いや私にもキツイと言うもの。
「すまん、冗談だ。で、この子が例の」
「そう。この子が」
「なんか、普通に女の子だな」
「あぁ、普通の女の子だ」
以前市民管理局でも同じようなやり取りがあったような。既視感を覚える光景に私は苦笑いする。
しかしすぐにふと気付く。
以前市民管理局でローラット様と殿下で同じような会話を交わした時、彼は私の事情を知っていた。
つまり目の前のやたら明るい人は、私の素性を知っている可能性が高い。
いったいどうしてS級だという私の機密情報を知っているのか。とても気になる。
しかし自ら「私が百五十年前の人間だってご存知ですか?」なんて流石に聞けない。
私は殿下に「この人、事情を知ってるの?」という意味を込めた視線を送る。
「あっと、こいつは俺の学友、シアラー侯爵家のフリッツ。彼はウィルマー様の子孫なんだ」
サラリと告げられた衝撃の事実。
「ウィルマーって、私の知るあの陽気なウィルマー!?」
「ウィルマー様が陽気だったなら、間違いなくフリッツはかの英雄の子孫だな」
殿下がからかうようにフリッツ様を肘でつつく。
「俺から元気を取ったら、何も残らないしな。ってことでよろしく、ティアリス様」
フリッツ様がニパッと綺麗な笑みを私に向け、手を差し出した。その瞬間、彼の姿にウィルマーが重なり、彼との思い出が雪崩のように私の記憶に流れ込み、胸がギュツとなる。
「ティアリス様?」
ウィルマー様が、不思議そうに私を見る。
「あっ、ごめんなさい」
彼が握手を求めていることに気付き、私は慌てて手を差し出した。
「ティアリス・アルミストです。よろしくお願いします」
「こちらこそ。お会い出来て光栄です」
私よりも幾分か体温の高い手で握られる。フリッツ様の笑顔にやはりウィルマーの姿が重なる。けれど今度は私もちゃんと笑みを返せた。
英雄を終えたウィルマーは結婚した。だからこうして子孫が残せた。そして私の隣にいる殿下もエリオドア様とクラリス様の子孫だ。
何だか自分だけ物凄く年寄りな気がしてきた。と同時に、私もいつか結婚し、子孫を残したいという気持ちが自然に湧き起こる。
たぶん私がそう思うのは、時代を超え今を生きる殿下とフリッツ様に、大切に思う仲間たちの面影を感じるからだろう。
私はいつか先に旅立ったみんなの元へ行く。けれどもし、私の血をわけた子がこの世にいたら、未練なくこの世界にさよならできそうだ。
「それでエメル、親父が早くお前を連れて来いって言うんだけど、いい?」
フリッツ様は私との挨拶が終了すると、エメル様に向き直る。
「まさか着いた途端、剣を握らされるとかないよな?」
「すまないな。それは「ない」とは言い切れない」
「だよな。コテンパンにやられる未来しか見えないんだが」
「昔より親父も歳を取ったしな。お前が初めて親父に一本取れる瞬間を楽しみにしてる」
エメル殿下とフリッツ様はまるでじゃれ合う仲の良い犬のよう。二人の顔に浮かぶ笑みが懐かしさと喜びに満ちていて、見ている私も温かい気持ちになる。
「あ、ごめん。久しぶりでつい。俺はフリッツの父親に剣の手ほどきを受けたんだ。だからこいつとは同じ門下生ってわけ」
エメル殿下はいつもよりリラックスした口調で、二人が仲良しな理由を説明してくれた。
「殿下と俺は同い年だし、寄宿学校でも同室。ある意味腐れ縁ってやつ」
「腐れ縁っていうより、悪友って感じだけどな」
「それはそう」
くすくすと笑いあう二人。やっぱり仲の良さそうな雰囲気が伝わってくる。もしかしたらエメル殿下はフリッツ様に会いたくてこの地を訪れたのかも知れない。
私はそんな風に感じ、友情溢れる二人に温かい視線を送ったのであった。




