005 ここは百五十年後の世界
「これは百五十年前の聖戦において、この世界を救った英雄達の像だ」
帝都にある城の正門前。
円周になった車寄せを囲むように、ずらりと並ぶ五体の巨大な石像。
「実際のエリオドア様はもっとムキムキだったし、クラリス様はもっと可憐だったような。ウィルマーに至っては、こんなふうな真摯な表情をしているところなんて見たことないし、メレデレクはいつも人前でローブフードを深く被っていたから、まさかこんな整った顔だったなんてという驚き……」
私は一体づつ確認したのち、どこか懐かしい気持ちを感じながら総評を述べた。
残念ながら目の前の石像たちは、手入れをされているとは言え、雨風に晒されているせいか、ところどころ欠けていたりと、かなり年季の入った姿であることを認めざるを得ない状況だ。
「百五十年か……」
作成されてから数年ほどと言い張るには無理がある石像を前に、私はなんとも言えない気持ちになる。
「で、この像の出来はどう?自称ティアリス様から見ての感想は?」
エメル殿下が意地悪な顔で私に問う。
私の保護監督者を気取り、やたら行動を共にしたがるエメル殿下。
彼は未だ、私をティアリスだと認めず、さらには正直に言えと言わんばかり。
遠回しに圧力をかけてくる、わりと厄介な人だ。
とは言え、実のところ私が目にする様々な景色は、私の記憶に残る帝都アルカディアのものではないと私も理解し始めている。
トンガリ屋根が特徴的な建物が連なる城の形などは同じもの。けれど、その数はなんとなく増えているような気がするし。
それに私を含む、みんなの石像。
それが城の正門前にあったなんて記憶にない。
「ま、大抵こういうのは亡くなってから作られるものだろうし」
自分で発した言葉に、胸が苦しくなりつつも、私をイメージして創られたという石像を見上げる。
そこにはクラリスよりも少し幼い、しかし人一倍張り切った様子で杖を天に掲げる、ローブ姿の少女の像が佇んでいた。
似ているかどうか。
それはさておき、この石像が示す通り、五人の中で私が最年少だった事は確かな事実だ。
すでにそれなりに帝国全土で名を上げていた彼らの旅に、新たなメンバーとして加わる私に対し、周囲から不安視する声が上がっていた事を思い出す。
当時の私は、歳こそとっていなかったけれど、経験値ではみんなに負けないという自信があった。
だから討伐数を稼げば、数で実力を示せば文句も言われないだろうと、無理をして高難易度の魔物に挑み、その結果大怪我をしてみんなを心配させた事もあった。
「なるほど」
突如苦い経験を思い出させてくれるこの石像は、私の未熟な内面を上手く表現出来ているのかも知れない。
「気に入らない、そんな感じなのか?」
妙に感傷的な気分にひたり、石像をぼんやりと見上げる私に、エメル殿下から「感想を教えろ」と、催促の声がかかる。
「別に出来不出来に関して、私がどうこう言える立場にはありませんから」
「でも、何か思うところはあるんだろ?」
エメル殿下は私の顔をのぞき込みながら聞いてくる。
「この像には……なんだか懐かしさを感じます」
少しだけ本音を漏らした私は、石像の足元までゆっくりと歩み寄る。
それからそっと、石像に触れてみた。
「あっ」
年月が経ったせいなのか、それとも元から脆い素材でできていたのか。触れたところがポロポロと崩れ落ちていくのを見て、私は慌てて手を引っ込めた。
「あーあ……やっちゃったな。それは百五十年ものだから気をつけたほうがいい」
エメル殿下はさして心配している風でもなく、むしろ揶揄うように呟く。
「そういうエメル殿下こそいいんですか?」
私は手についた細かな欠片を払うと、崩れた石像の砂塵まみれる彼の黒い軍服を指差す。
「年に一回。ここも補修が入っているはずなんだ。それでもこうして、自然に朽ちていくのは止められない。それはまるでここに立つ彼らが成し遂げた偉業に対し、人々が興味を失う現状に比例しているようだ」
エメル殿下は自らの手にチラリと視線を送ると、皮肉めいた口調でそう言った。
「高濃度エーテル結晶体は当たり前のように人々の生活必需品となっている。そんな世界に生きている人からすれば、わざわざ命をかけて高濃度エーテル結晶体と向き合った私達なんて、愚かに思うでしょうから」
だから成し遂げた事実も、この石像のように朽ちていくのは仕方がないことなのかも知れない。
そんなふうに感じてしまった自分にやるせなさを感じた私は、自分の石像から目をそらす。
現在がいつであれ、私の中ではまだたった二年前のことだ。
エリオドアとクラリス。それからウィルマーにメレデレク。
共に過ごした旅の仲間達の記憶は未だ鮮明に覚えている。
それなのに彼らが存在した事実は、遥か昔のことだとみんなは揃って口にする。
それに加え、日々薄れていき風化しかけた像がその事実を嫌でも私に示している。
「百五十年だなんて」
そもそもみんながいない世界。
そんなの私には受け入れがたい現実だ。
「確かに今や高濃度エーテル結晶体は恐れるべき存在ではないだろう。しかしながら技術の進歩を促したキッカケとなったのは、聖戦を含む高濃度エーテル結晶の氾濫による厄災を、人類がその時に取れる最善の策を取り、都度解決してきたからだ」
エメル殿下がまるで私を励ますように、力強く口にする。
「この五人の英雄達のお陰で、今がある。それは絶対に間違いない事実だ」
きっぱり言い切ったエメル殿下。
今は少しだけ、いい人に思える。
そう感じたのもつかの間のこと。
「君は一体どうやってあの塔に忍び込んだんだ?」
さり気なさを装い、やはり私に探りを入れてきた。
「……正面切って堂々とお邪魔し、みんなを追い出しました。って、そう言えば封印の塔内部の調査はどうなっているんですか?」
私は思い出したように尋ねる。
すっかり忘れていたけれど、あそこは二年ほど私が過ごした家でもある。
誰も侵入しないことを疑っていなかったせいか、私が居住区として利用していた層は、生活感たっぷり。人に見せられる状態ではないことは確かだ。
「心配するな。塔内から発掘された遺物はすべて、古代魔法研究所の面々が責任を持ち管理している」
「え、すべてですか?」
「あぁ、何か問題でも?」
ギロリと探るような鋭い視線を、エメル殿下は私によこした。
「ええと、べつに……」
問題かと問われれば、さして問題でもないような気がしてきた。
なぜなら、あそこにあるものは全て最初から備わっていたものだから。
つまり私物など、ないに等しい。
「怪しい……やはり君は貴重な古代遺跡の出土品を狙う盗賊……」
「違いますって!!」
私は世界を救った英雄だ。
断じて、盗賊などではない。