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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第二章 とりあえず、巣立ちます
40/94

040 復帰しません

 エメル殿下と私の事情を知らないデミアン君は、研究所に戻ってこいと何度も口にする。


 私だって楽な道を選ぶとしたら、戻りたい。


 けれどその選択をした場合、私はきっと好条件で住めるエメル殿下の屋敷に戻りたいと願ってしまうし、エメル殿下もきっとそんな私の我儘を受け入れてくれるに違いない。


 なんとなくそんな気がする。


 でもそうなった場合、エメル殿下は以前と同じ。結婚なんて誰かが決めてくれていいと、人生の大きな決断を自らの意志で決定せず、流れに身を任せてしまうだろう。


 私を遺跡から発掘された遺物扱いすることのおかしさに気付かないまま、面倒だから、都合がいいからと私に求婚すらしてくるかも知れない。それで殿下は、今まで通り研究に打ち込むに決まっている。


 エメル殿下はそれで幸せかも知れないし、そういう生き方を望んでいるのかも知れない。


 けれど私はお世話になったからこそ、エメル殿下には人並みでいいから、愛溢れる人生を送って欲しいと願っている。


 それに私は英雄として祀られる石碑の下に眠るより、一人の人間として愛する妻と並んで眠る選択をした、拳闘士ウィルマーのような人生を送りたい。


 だから古代魔法研究所には戻らない。


 そのためには、ようやく手にした職を失うわけにはいかないのである。


 たとえそれが、最悪な主の元へ戻ることだとしても。


「この世界のさらなる繁栄のためにも、ティアリス様に備わる古代語の知識が必要なんです」


 デミアン君はなかなか引き下がってくれない。

 しかも「この世界のために」だなんて大げさだ。


 百五十年前、私はそうやって願う人々の想いを押し付けられ世界を救う旅に出た。その結果が今だ。悪いけれど、二回目は丁重にお断りさせて頂きたい。


 だとすると、ひとまず目の前のデミアン君に研究所に戻らないことを説得させる必要がありそうだ。


 そもそもデミアン君が私に戻れとしつこく口にする理由はなんだろう?


 根本的な疑問に思考を向かわせたところ、ふと閃いた。


「もしかして私が辞めたあと、殿下となにか問題でもあったの?」


 二人で居づらい関係になったから、私を呼び戻したいのかも知れない。


 私は当たらずも遠からずだろうと、静かにデミアン君の解答を待つ。


「殿下と僕の関係について特に問題はありません。相変わらす殿下は封印の塔の遺物を調べているし、僕と共に大量の古文書の解読もしています。それから大学で臨時講師の仕事も続けていますし、最近では百五十年前の魔物との厄災から世界を救った六人の英雄達の活躍を、子どもにわかりやすく説明する絵本を作成するプロジェクトにまで手を出して、とても忙しそうです」


「そうなんだ」


 どうやら殿下は相変わらす精力的に歴史の解明、普及に精力的に取り組んでいるようだ。だったら余計、私が戻る必要はない。


「殿下は充実してそうだし、一緒に働くデミアン君とも特に問題はない。だとしたら、私がいなくても大丈夫そうだと思うんだけど」


「いいえ、明らかに古文書の解読スピードは落ちました」


「それは仕方ないし、私のような古代語が得意な人を探せば解決するじゃない」


 この時代にだって探せば古代語に長けた人はいるはずだ。


 本格的に塔から発掘された古代書を解明したいのであれば、そのくらいの手間を惜しんでいる場合ではない。


「確かにそうですけど。ただ……」


 そこでデミアン君は口ごもった。


「他に問題があるの?」


「あるにはあります。でもそれは僕個人が勝手に問題視しているだけなので……」


 先程まで威勢の良かったデミアン君は口を閉ざし、カップの縁をなぞりはじめた。


「ごめん、何が問題か全然見当もつかないんだけど。それは私が戻ると解決するってこと?」


「たぶん」


「たぶん?」


 はっきりしない言い方をするデミアン君に、私は少し苛立ちを覚えた。

 そんな煮え切らない言い方をされても、こっちにはどうしようもないからだ。


 そもそも問題の先延ばしは好きじゃない。


「じゃ、教えて。一体なにが問題なの?」


「エメル殿下が、屋敷からお弁当を持ってこなくなりました」


「そんなこと!?」


 私は思わず椅子から立ち上がる。次の瞬間、二日酔いによる頭痛と目眩に襲われふらつき、慌ててテーブルに両手をつく。


 すると向かい側から手が伸びてきて、デミアン君が助けてくれるのかと思いきや、咄嗟に「危なかった」と口にする。


 そう口にしたデミアン君は、私の目の前に置かれた琥珀色のカップを、慌てた様子で大事そうに握りしめていた。


「割られちゃうかと思った」


 なるほど、私なんかよりそのカップが大事だと。


 私はゆっくりと椅子に座りなおす。


「そんなことって言いますけど、ティアリス様がいた時は、お腹すいた、肩が凝った、目の裏に古代文字が焼き付いた……そんな理由をつけて休憩時間をちゃんと確保していたので、殿下も僕も休憩できたんです」


「……まぁ、たしかに」


 私は身に覚えがあるため素直に頷く。


「けれど、休憩の号令をかける人を失った僕たちは、つい時間を忘れてしまい、お昼休憩を忘れるだけならまだしも、殿下は会議を忘れるし、僕は夜の仕事に遅れがちに……」


「時計のアラームをかけたらどうかな?」


 即座に解決策を提案する。


「まぁ、僕らもそうする事にしたんです。だからそちらについては、無事解決しました」


 シレッとした表情で言うデミアン君に、私は静かに拳を握りしめた。


「じゃあ、何も問題ないじゃない」


 私は気を落ち着かせようと、とっくに冷めたハーブティーを口に運ぶ。

 しかし、底にちょっとしか残っておらず、全然喉が潤わない。


「ですが、問題はあります」


 デミアン君は先程私から守ったカップに手を伸ばす。


 蜂蜜色を思わせる、クリアな琥珀色のカップだ。何となく懐かしい感じのする逸品。確かに綺麗だけれど、このカップに負けたと思うと複雑な気分だ。


「一度殿下にどうしてお弁当を持ってこないのか尋ねたんですよ。そしたら、とても切なそうな表情で、「屋敷のシェフが作る弁当は見たくないんだ」って。それって絶対、お弁当を見るとティアリス様の事を思い出すからですよね」


「そうなのかな」


 目の前から去っていくカップを眺めながら、どうしてそのカップを見て懐かしく思うのか気付いた。


 色も形も、研究室でエメル殿下が使っていたものにそっくりだからだ。


「もしかしてそのカップって、エメル殿下とおそろい?」


「ようやく気付いてくれましたね。これは殿下が使ってらっしゃるのを見て真似をしたんです。今から百二十年前くらいのもので、ひとつひとつ手作りのため、殿下の使用されているものと全く同じではありません。けれど手作りだからこそ、個性があるんです。ほらガラスの厚さや気泡の入り方は殿下のものと違いますよね?」


 デミアン君は私の横にくると、カップについて熱弁しはじめた。

 ちなみに私は内心、そのカップより古い時代に生まれたという事実に愕然としている。


「それに百二十年の間にこのカップをこうして握った人たちは、いったいどんな人たちで、何を思ったんだろうとか、静かに一人で考えるのが楽しくて」


 饒舌に好きな遺物について語るデミアン君は、なんだかエメル殿下のようで、思わず懐かしい気持ちが込み上げてくる。


「ティアリス様がいないと、殿下が明らかに元気がないんですよ。時折ティアリス様が座っていた、綺麗に片付いた机をぼんやり見つめているし」


 脈略なく言われ、私はカップから視線をデミアン君に移す。するとデミアン君は今日一番真面目な顔で、私をじっと見ていた。


「どうしてティアリス様が戻ってきて下さらないのかわかりませんが、僕は敬愛する殿下をあのままにしておきたくないんです。だから戻ってこられませんか?」


「そう言われても……」


 いつも飄々としているデミアン君がここまで言うからには、よほどエメル殿下のことを心配しているのだろう。しかし、ここで簡単にうなずくわけにはいかない。こちらにもそれ相応の理由があるからだ。


「ごめんね」


 私はしおらしく謝ることで、何とかこの場を切り抜けようとするのであった。


 それからデミアン君とエーテルリンクのアドレスを交換し、ひとまず何かあればお互い状況を報告し合うことを約束した。


「私は逃げも隠れもしないから、デミアン君もニナ様とエメル殿下に今日のことは秘密でね」


「すでに殿下の連絡先を知ってるなら、せめて連絡して下さい。それを守ってくれたら今回の事は秘密にしておきます」


「わかった。善処する」


「約束ですよ。僕にバレないと思ったら大間違いですからね」


 デミアン君に先手を打たれてしまう。

 確かに私は内心「善処したけど無理」という切り札を後で使う気満々だった。


「……殿下に連絡してみます」


「必ずですよ」


 デミアン君に念を押され、私は渋々了承した。


 密約が成立した私は、二日酔いも覚めてきたので、お世話になった礼を言い、デミアン君の家を跡にした。


「あーあ、なんだか酔っ払って終わった休暇だったな」


 私はあっという間に消化してしまった休暇に名残り惜しさいっぱいで、帰路につく。


 屋敷に帰宅し、何はともあれといった感じで入浴を済ませた私はエーテルフォンをじっくり確認する。するとエーテルリンクに、シャローゼ様から十件近くメッセージが送られてきている事に今更気づく。


「連絡するの忘れてた」


 おそるおそる、シャローゼ様から送られてきた怒涛のメッセージを確認する。するとホストクラブが如何に楽しかったかという感想文。おまけでアラン君と仲良く二人で写る画像数枚が添付されていた。


「うわ、これはまずいかも」


 私はシャローゼ様がニナ様のようになったらどうしようと青ざめる。けれど画面をスクロールして受信時間が今朝のものを見ると。


『――でも、一晩で終わるからいいのよね。いい勉強になったし、もうホストはいいかな。二度はないかも。それと今回は引率代として私が奢るわ』


 きちんと「二度はない」と書いてあるので私は安堵した。


「よかった。でもまた奢ってもらっちゃった」


 今度本格的に何かお礼をしなければと密かに誓いながら、その下に書かれたメッセージに目を落とす。


『あと、ショーン様との事は秘密にしておいてあげるね。今どき純潔にこだわる人もいないし、エメルだって気にしないと思うわ。じゃ、楽しんでね』


 陽気な感じで爆弾発言が織り込まれたメッセージに私は苦笑いする。


「今度しっかり色々と誤解を解いておかないと」


 私は残り少ない休暇時間を楽しむため、ごろりとベッドに横になるのであった。

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