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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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004 突然そんなことを言われましても

 

 早春の暖かな風が肌を撫でる。柔らかい日差しが差し込むテラス。草や花の匂いに混じり、私の鼻に紅茶の甘い香りが届く。


「生まれは帝国領の北にあるとても小さな村、パトーラです。錬金術師だった両親が物心つく前に魔物に殺されたから、私はセントステラ孤児院で育ちました。


 そんな私にとって運命の別れ道は十三歳の時。

 孤児院からの推薦もあって、運良く街一番の冒険者ギルドに登録できたんです。


 そこからは一攫千金を目指して、毎日がむしゃらにギルドオーダーをこなす日々。


 そんなふうにがむしゃらに生きてたからでしょうか。少しずつ結果を残せるようになり、ありがたい事に、一緒に冒険しないかと、あちこちから声がかかるようになってきて。


 だから場所を変え、遠征なんかにも参加したりして、どんどん強い魔物の討伐に挑戦していったんです。


 こうみえて私はエーテルの扱いに長けているんです。もちろん誰よりも強くなるための努力もしました。でも元々魔法使いとしての素質はあったのだろうと。後に同じ魔法使い職のメレデレクにそう指摘されました。


 それで十七歳の時に、大きな魔物狩りの募集が帝都アルカディアで行われました。その討伐任務には破格の報奨金が提示されていたので、私は迷わず仲間と故郷を飛び出しました。


 その時の討伐戦で、なんとお忍びで冒険者グループに参加していたエリオドア殿下達と出会ったんです。


 もちろん彼の身分を知ったのは随分あとのことです。

 だって皇太子殿下だなんて雲の上の存在だし、まさかって感じで。妙にお行儀がいい人だなって思うくらいで、皇太子殿下なんて思いもしませんでした。


 そんなふうに呑気で田舎者の私は殿下だと知らず、物申すこともあって。

 喧嘩を何度か経験したのち、気付いたら私はエリオドア殿下と意気投合して、一緒に旅を続けていくことになりました。


 エリオドア殿下の人好きのする性格のおかげか、そのうち仲間もどんどん増えて、それから減って。


 いつの間にか、両手で数えきれないほどだった仲間がたった五人だけになっちゃって。

 気づけば運良く生き延びた五人で世界を救う羽目になっていたんです。


 そして全部が終わりかけた時。誰か一人が塔の中に残らなければならない事が判明して。

 そうなった時、外の世界で背負うべきものがない私が自ら志願して、というか無理やりみんなを追い出して残ったんです。


 それが私が辿った、今までの人生って感じです」


 全てを簡潔に言い終えたので、用意された紅茶に手を伸ばす。

 誰かが淹れてくれた紅茶は、「淹れてくれた」という事実だけで、実に美味しく感じるものだ。


「つまり君は、自分をティアリス様だと認識しているということか」


「一貫して私はそうお伝えしているつもりですけど」


 日を変え、場所を変え、繰り返し同じ事を何度も説明させられたという経緯もあり、思わず口を尖らせる。


「しかし賢人ティアリス様が塔に鍵をかけたとされる日から、実に百五十年あまりの月日が経過しているのも事実だ」


「賢人って、それほどでも……というか、単にそっちの計算方法のミスだという可能性はないのですか?」


「流石にそれはあり得ない」


 きっぱりと言い切った彼は、私が塔の外に運び出された時、二万文字の嘆願書を書けと周囲に命令していた人物。


 我がアルカディア帝国の恐れ多くも第二皇子、エメル殿下である。


 以前会った時の彼はアルカディア帝国軍所属を示す、黒い軍服に身を包んでいた。しかし今は、第一ボタンをぱっくり開けた白いシャツに黒いスラックス。随分とラフな格好で私に事情聴取をしているという状況だ。


 女性の前で鎖骨を見せるだなんて、ちょっとどうかと思う。むしろ色仕掛けをされているのだろうかと疑うまでもある。


 というのはさておき。


 周囲から殿下と呼ばれ、それはもう身分が明らかすぎる彼いわく、ここは私が塔に鍵をかけてから百五十年後の世界らしいとのこと。


 冗談きついって。というのが私の感想だ。


「そう言われても……。私はあの塔の中で二年ほど過ごしただけ。百五十年なんて過ごしていません。現に私はまだ二十そこそこだと、体の動きはそう示していますし」


 四十肩ではないというアピールのため、私は両手を腕にあげてみた。


「確かに君の見た目は、百五十歳超えの老婆には見えない。しかし、君がティアリス様だという証拠もない。むしろこの世界を救った賢人ティアリス様を語る詐欺師だとしたら」


「嘆願書二万文字は遠慮しますし、私は私。正真正銘、封印の塔に引きこもっていた魔法使いティアリスです」


 嘘をつく理由のない私は、きっぱりと言い切る。


「ふむ。にわかには信じがたいが、確かにあの塔は封印の塔で間違いない。しかも残された絵画に描かれたティアリス様に面影もにていなくも……いや、まてよ。もう少し美人だったような……」


 さりげなく失礼な言葉を漏らすエメル殿下。


「絵なんて実物より三割増し美しく描くのがマナーじゃないですか。というか、前に軍人さんが突然封印の塔が出現した。そんな話をされていたような気がするんですけど、突然って本当なんですか?」


 塔から救出された私が寝たフリをしていた時。

 誰かが「出現報告を受けたのち、我々が現地に赴き調査を開始」そんなふうに話していたことを思い出し、こちらから質問を投げかけてみる。


「かつてこの世界を襲ったエーテル災厄について、君は何も学ばなかったのか?」


「あいにく塔の中では、外部の情報が遮断された状況でして」


 私が悪いのではない。チリ一つ侵入を受け付けない封印の塔が悪いのだ。


「でも外部と接触できる隙がある。それはせっかく封印した高濃度エーテル結晶体が外部に持ち出される危険性があるってことだし」


 だから密封され孤立状態になるのは、致し方ないというもの。

 世界平和のために、情報を遮断される。そんなの危険なエーテル結晶体が持ち出されることに比べたら大した問題ではないはずだ。


「高濃度エーテル結晶体か。今の技術をもってすれば、あれは恐るるに足らぬ物なのにな」


「いま、なんと?」


 サラリと告げられた衝撃の事実に、思わず前のめりになってしまう。


「私が言ってるのは、魔物を生み出す高濃度エーテル結晶体のことですよ?」


 高濃度エーテル結晶体。

 そのわけもわからぬ怪しい物質は、世界共通の悪であり、排除すべき対象だ。


 私は信じられない思いで、涼しい顔で向かいのソファーに腰を下ろすエメル殿下を見つめる。


「賢人ティアリス様を名乗るわりには無知な君に、私が特別に教えてあげよう」


 エメル殿下はここぞとばかり勝ち誇った表情をこちらに向けてきた。実に感じの悪い男だ。


「世界を覆うエーテルの流れを乱す、高濃度エーテル結晶。それらを封印すべく活躍された聖騎士であるエリオドア様を筆頭に、聖女クラリス様、拳闘士ウィルマー様、それから大賢者のお二人、メレデレク様とティアリス様。これら六人の英雄達の活躍により、この世界は百五十年前に救われたと言い伝えられている」


 そう、その通り。


「違法に持ち出されたとされる高濃度エーテル結晶体により、この世界に魔物が誕生した。人の命を生きる糧とする魔物が増えれば、生態系のバランスが崩れる。というか人間が駆逐できる魔物の数に対し、生み出される魔物の数が多すぎて、人類存続の危機だと言える状況だったんです。だから世界中に散らばるとされた、高濃度エーテル結晶体を元あった場所。つまり古代の叡智が詰まるとされる封印の塔に戻す必要があったんです」


 私達は何年もかけ、それを成し遂げた。

 だから今もこの世界は存在している。


「でも君のそれは、アップデートされていない百五十年前の常識だ」


 息継ぎを忘れるくらい熱弁した私の話を、冷めた口調で遮る殿下。


「百五十年前の常識?」


「今現在、高濃度エーテル結晶体は世界全土に散らばっている。そしてそれらは、人の生活基盤となる街や村を守る外壁に埋め込まれているし、都市転送網や飛空艇といった様々なシステムの中に組み込まれているものでもある」


「そんなまさか」


 思わず怪訝な表情をエメル殿下に向けると、彼は満足げにニヤリと笑った。


「確かに高濃度エーテル結晶体の力は、ひとつ間違えれば危険なものであることは変わりない。ただし現在では人口魔石の開発により、高濃度だろうと何だろうと、エーテルの持つ力をうまく分散し利用する事が可能となっている。むしろ現在では高濃度エーテル結晶体は人類の生活に必要な、大変貴重な遺物であるという認識だ」


「でも魔物を生み出す結晶が、人間の味方になるなんて」


 そんなことは到底信じられないというもの。

 私はかつて対峙した、おぞましい魔物の姿を思い出し身震いする。


「今となっては魔物など人が恐れる存在ではない。高濃度エーテル結晶体によって生み出される魔物たちは遺伝子操作により人を襲う事はないからな。むしろ温厚な性格や変化自在な見た目により、人々を癒すペットとして魔物は好んで飼われる存在だ」


「遺伝子操作でペ、ペットに!?……そ、そんな事が可能なのですか?」


「可能だ。何を隠そう私も一匹ほど個人的に飼っているし。人懐こくて可愛いぞ」


 エメル殿下はポケットから小ぶりの宝石を取り出し、それを手の平に乗せた。


「これは、魔物を使役するための人工魔法石だ。私は古代研究が専門だからな」


 言いながらエメル殿下は手のひらに乗っていた石を無造作に空に放つ。するとポンと音がしてそこに一匹の小さな可愛らしいドラゴンが現れたではないか。


「え?可愛い!」


 突如眼の前に召喚されたドラゴンは赤くて小さくて愛らしく、くりくりとした丸い瞳をこちらに向けてくる。


「可愛いだろう?これはレッド・ドラゴというドラゴン型の魔物で、正真正銘高濃度エーテル結晶体から生まれた存在だ。今はこのように小型化に成功しているから、ペットとして飼う事も可能となっている。もちろん人工魔石に込めた魔力を調整することにより、サイズ変更も可能だ」


 エメル殿下がそのドラゴンを撫でたりつついたりして可愛がる様子を眺めながら、私は驚きを隠せない。


「ただ、こいつはもう、古代魔法研究所の魔物研究室に戻す必要があるんだけどな」


 突然哀愁漂う表情で、レッド・ドラゴという魔物を撫で始めるエメル殿下。


 そんな殿下を眺めつつ私は、信じられない思いで愕然とする。


「魔物が人に使役するだなんて」


 この世界は一体どうなってしまったんだろう。

 もしかして本当に、ここは百五十年後の世界なのだろうか。


 でもだとしたら。


「高濃度エーテル結晶体との共存……こんな未来があるなら」


 私達は命をかけて戦った。その甲斐あってか、魔物がいない、平和なこの世界に生きる事ができる。


 それはとても喜ばしいことだ。

 そう感じる気持ちに嘘はない。


 だけど明るい未来を信じ、散った多くの命を私はこの目で見て知っている。


 彼ら、彼女らは、憎き魔物と共存する。こんな未来を望んでいたのだろうか。

 少なくとも私は、どんなに可愛らしくとも、魔物が憎いと、未だ感じてしまう。


 私は突然もたらされた情報に、理解がいまいち追いつかず混乱する。


「驚くのも無理もないか。ま、君が本当に百五十年前の人間だとしたらの話だけど」


 エメル殿下が放った渾身の嫌味な言葉に、もはや言い返す気力さえ失った私であった。

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