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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第二章 とりあえず、巣立ちます
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038 そういうことか!!

 柔らかな布団に包まれ、暖かさが身体を包み込む。眠りから覚めたばかりの私は、まどろみながらゆっくりと部屋を見渡す。


 窓から差し込む朝日が、やわらかな光を部屋に拡散させている。私はその光を追いかけるように視線を移動させた。


 すると、光の終着点。部屋に置かれた椅子に座り、こちらを見て微笑むデミアン君がいた。


「おはようございます。ティアリス様。急に研究所を辞めちゃうから、びっくりしたんですよ。しかも僕のせいみたいな感じだったし」


「別にデミアン君のせいじゃないよ」


 私はぼんやりとした思考のまま答える。


「でも、僕が殿下とあなたの関係を指摘した。それが原因ですよね?」


 確かにきっかけはそうだった。けれど、遅かれ早かれ殿下の元を離れるつもりではいた。むしろデミアン君のお陰で踏ん切りがついたのだから、ありがとうまである。


「だからデミアン君のせいじゃ……って、これは夢なの?」


 私は布団の匂いを嗅いだ。


「違う、これは私のじゃない。知らない人の匂いがする!」


 ガバリと半身を起こす。


「うっ、あ、頭がい、いたい……」


 私は頭を抱え、布団にうずくまる。


「昨日かなり飲んでましたからね。はいどうぞ、お水です」


「うぅ、そうなの。昨日はかなり意地悪なホストにお酒を飲まされちゃって」


 布団から顔をあげ、デミアン君が差し出してくれた水入りのコップを受け取る。


「そういえば、デミアン君はどうしてここにいるの?」


 私は水を一口飲む。冷たくて美味しい。まるで呪われた体が浄化されていく。そんな気分だ。


「昨日からずっと一緒だったじゃないですか」


 デミアン君は、何を当たり前のことをと言わんばかりに答えた。


「そうだっけ?」


 そんな記憶はないなと思いつつ、私はコップに入った水をグビグビと飲み干す。


「あー美味しい」


 デミアン君が手を伸ばしてきたので「ありがとう」と一言付け加え、コップを彼に手渡した。


「アルコールって、恐ろしいですね」


 デミアン君はそう言いながら、私に背を向けた。


 私は隣の部屋と続くドアの方に向かったデミアン君の背中を眺めたあと、ふと自分が下着姿だという事に気づく。


「ん!? なんで私、服着てないの!?」


 布団で胸元を隠しながら、デミアン君をパッと見る。


「昨日はティアリス様、かなり酔っていましたから、自分で脱いでましたよ」


 キッチンにコップを置いたデミアン君がこちらに戻ってくる。


 私は布団で身体を必死に隠し、身を縮こまらせた。


 昨日、ショーン様に淑女たる距離が云々と非難したような気がする。けれど私の方が酷い。この状況はもはや距離以上の問題だ。


「一体、何が起きてるの……っていうか、ここはどこ?」


「僕の家です。昨日あまりに酔っていたので、僕の家に連れてきました」


「デミアン君の家?なんで?」


 目の前にいるデミアン君が本物で、これが夢じゃないという事以外、全く状況が読めない。


「ティアリス様。とりあえず、その恰好をなんとかしてください」


 確かにこの恰好はまずい。


「洋服はここに置いておきますから」


 デミアン君は掛け布団の上に、畳んだワンピースを置いてくれた。そしてまたもやキッチンの方に歩いて行った。


「ありがとう」


 私は慌ててワンピースを頭から被りながら、会話を続ける。


「……私、昨日そんなに酔ってた?」


「そうですね、かなり酔ってました」


「でもなんで私はデミアン君の家にいるの?」


 深いため息の後、デミアン君はフライパンをコンロに乗せながら、私の切実な問いかけに答える。


「覚えてないんですか?」


 なんだか咎められている気がして、私は記憶を遡る。


 確か昨日はクラブ・レベンディスでショーン様に飲まされた。

 それは間違いない。


 けれどその事実とデミアン君がなかなか結びつかない。


「もしかして、道端で私を拾ったとか?」


 意地悪なショーン様の事だ。ベロベロに酔った私を面倒に思い、平気で道端に置き去りにし、自分だけ何食わぬ顔で帰宅しそうだ。


「まさか。ティアリス様は、ご自分の足でここに辿り着いていましたよ」


「私が歩いて?」


「正しくはタクシーを利用してですけど」


 二日連続で「タクシー」その名を聞くとは思わなかった。確かシャローゼ様によると、タクシーは乗り合い馬車の現代バージョン。しかも現在では馬ではなく魔導車が代わりとなり、エーテルフォンのアプリで呼び出せば、任意の場所に来てくれる優れものだとか。


「タクシーねぇ……」


 乗車したような、しなかったような。そもそもお金を払った記憶がない。


「つまりタクシーで、私はデミアン君の家にきた」


 状況を整理しつつ、ワンピースを着た私はベッドから這い出す。そしてお借りしたベッドを整えながら、ぐるりと部屋の中を見回す。


 床に無造作に並べられた大きな箱。その上にも横にも無造作に置かれた本で溢れている。壁に沿って置かれた古い机の横にも乱雑に積まれた分厚い本や紙の束が散らかっている。壁掛け式の棚の中には、よくわからない置物が並んでいた。


 部屋中をぐるりと囲むモスグリーンの壁紙には、古代語の重要単語が書かれた紙がペタペタとあちこちに貼ってある。やはりデミアン君は人知れず努力していたのだろう。


 部屋の梁にかけられたハンガーに吊るされた黒いスーツ。その胸元からペイズリー柄の赤いポケットチーフが覗いている。


「あれ?」


 視界に映るハンカチーフに、私は既視感を覚える。


 昔からあるペイズリー柄は、葉や花のような曲線的な形状が連なる特徴的な模様だ。


 芸術感覚が優れた人が見たら、美しく繊細で芸術的な模様に見えるのかも知れない。けれど、私はそのぎゅっと集まった感じが少し苦手だ。


 だからこそよく覚えている。視界に入るペイズリー柄のポケットチーフ。それは、昨日ショーン様が羽織っていたスーツの胸元を飾っていたものと同じような……。


「ショーン様の着ていたスーツがここにある」


 口にした途端、私の頭の中であちこちに散らばるパズルのピースがゆっくりと正しい場所に埋め込まれていく。


 ショーン様を見て、何となく見覚えを感じたこと。初対面の時、私に対して逃げ足が早そうだと漏らしていたこと。それから敬語に距離を感じるという言葉。


 全てのピースがデミアン君に向かいピタリとはまる。


「やだ、ショーン様はデミアン君ってこと!?」


 思わずおどろきのあまり、その場にへなへなと座り込んだのであった。

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