032 現代のお嬢様は夜遊びをなさるようで
ニナ様から物凄くかわいいお古のワンピースを、わけもわからず押し付けられた。
正直私を貶めるワナの匂いしかしないが、ニナ様の命令は絶対だ。
とはいえ。
「初めてのミニ丈、大丈夫だろうか」
私は一日中、その事で頭がいっぱい。仕舞いにはジュディに「どうしたの、思い詰めた顔をして」などと、勘づかれてしまう始末だった。
覚悟を決め、初めてミニ丈のワンピースを着なくてはならないと伝えると、ジュディは「見せパン履けばいいじゃん」とケロリとした表情で教えてくれた。
その後、見せパンなるものが、食べ物のパンとは全く違うものだと教えてもらい、ジュディの「買ったはいいけど、一度も使う機会がなくて」という貴重な見せパンを、急遽友達価格で購入させてもらった。
私は全ての問題は解決したと安堵し、ニナ様にもらったミニ丈のワンピースを着用し、現在、勤務時間外労働に勤しんでいるところだ。
「うわぁー」
初めて歩く夜のシティ・オブ・インペリアルは、昼とはまるで別世界のよう。
私は感動しながら、キョロキョロと辺りを見回しながら歩く。
帝都は元々多くの人が集まる場所だ。特にアルカディア城があるシティ・オブ・インペリアル周辺は、常に観光客や仕事に就く地元の人々で賑わい、昼間から活気あふれた場所となっている。
一方、夜の帝都は昼間人を多く集めていた場所に人はおらず、普通に歩いていたら全く気が付かないような小さな路地裏に、バーやレストランなどがひしめきあっていた。
それらのお店は昼間の鳴りを潜めた様子とは打って変わり、まるで息を吹き返した魔物かのように、怪しい看板のネオンライトをこれでもかと光らせ、通りゆく人にアピールしている。
通りには店から漏れ出す陽気な音楽が響き渡り、街中が何となく甘いアルコールで浸されたような、そんな危険でアダルトな感じだ。
「ちょっと、田舎者だと思われるでしょ。キョロキョロしないでよ」
私の斜め前を歩くニナ様は、先ほどからすこぶる機嫌が悪い。
理由は簡単。
私がまるで観光客かのように、夜の街にはしゃいでいるからである。
「でもすごくピカピカしてますよ。うわ、なんかあっちの空がピンク色に光ったような。なんで空がピンクに光るんだろう。一体どんな魔導具なんだろう。というか、夜なのになんでこんなに明るいんですか?この人達はいつ寝てるんですか?」
百五十年ぶりに目にした変わり果てた大都市の夜。
私はニナ様が不機嫌になろうとかまわず、大興奮していた。
「今日これから行く所ではお願いだから、ダサいことしないで。私に絶対に恥をかかせないでよ」
いつも以上にミニ丈のスカートを履き、ヘアセットもメイクもバッチリ。道行く人が先程から、立ち止まり目をとめてしまうくらい綺麗に着飾ったニナ様は、残念ながら眉間に皺を寄せている。
「どこに行くんですか?」
「癒やされに行くのよ」
ニナ様は少しだけ表情を明るくし私に告げる。
しかし、残念ながら私の質問の答えになっていない。
「具体的にはどこへ」
「ほら、早くいくわよ」
明らかに私の質問を避けるように、ニナ様は足早になる。
一体「癒やされに行く」場所とはどこか。
私は気になりつつも、先を行くニナ様の後を追う。
ニナ様が危険に晒されるのは自業自得だが、私は嫌だ。
動物的勘が働き、この場所で単独行動はしない方がいい。
そう感じとった私は、ニナ様の斜め後ろにぴたりと張り付く。
「ちょっと、離れて歩きなさいよ」
文句を言われつつ歩くこと数分。
ニナ様は大きなネオン看板のあるお店の前で立ち止まった。
「いい?あんたの役目は静かにしていること。それから今から起こることは、お父様にも、勿論お母様にも、全世界中の人に内緒にしてよ」
念入りに私に言いつけるニナ様。
しかし誰にも言うなだんて怪しさ満載だ。
「まさかアヘンでもやってるんじゃ……」
私は思わず小声でつぶやく。
アヘンとは、アヘンケシの樹液から抽出される麻薬だ。元々鎮痛剤や催眠剤として、広範囲にわたってアヘンは使用されていた。それがいつしか嗜好品として合法的に販売される事となり、喫煙したり、内服されるようになっていった。しかしアヘン中毒が社会問題となり、アヘンの製造・販売・所持は帝国法で制限されている。
アヘンを規制する法律は百五十年前にもあったので、今ニナ様がアヘンを嗜好品として吸っていたら大問題間違いない。
もしこの怪しい「クラブ・レベンディス」とやらの店の中でニナ様がアヘンを吸い出したら、現行犯で治安警察に突き出そうと思う。
私は横に立つニナ様に警戒の眼差しを向ける。
「さてと、癒やされちゃおっと」
私の視線を完全に無視し、ニナ様は軽い足取りで地下へと続く階段を降りていく。
「ニナ様待ってください」
私も慌てて後を続こうとして、ふと壁から人の視線を感じ、立ち止まる。警戒しつつ、私が横を向くと。
「なにこれ」
地下へと続く階段の壁には、男性の顔写真が飾られていた。
「これは、写真だ」
思わず自分で解答を口にする。
そう。かつて私は、みんなが持っている薄型の四角い箱から、カシャカシャと音が鳴る意味がさっぱりわからなかった。しかし、私は知ってしまったのである。
あの音がすると、その場の自分や景色が魔導具の中に記録されるということを。
「でも、なんでこんなに沢山、男性の写真があるんだろ」
階段を降りながら、ずらりと壁に貼られた男性の名前入りの写真をチェックする。
年齢はこの世界で公言する私の年齢。二十歳と同じか、それより少し上くらいだろうか。どの男性も各々ポーズを取り、魅惑的な微笑みをこちらによこしていたり、物憂げな感じで上を見上げていたり、はたまた睨んでいたり……。
まさに十人十色といった感じだ。
「何かの宣伝なのかな」
一瞬閃いた案は、即座に却下する。
この写真が伝えたいこと。それは服やネックレスなどではなく、やはりそこに映る男性そのものなような気がしたからだ。
「でもまさか、男性が売り物なわけないだろうし」
さっぱりわからないまま階段の下に到着すると、ひときわ大きな男性の写真が飾られていた。ショーンという名が入った写真の上には花かざりと共に、ナンバーワンという文字が書かれた看板がついている。
「一番って、何の一番?」
疑問で溢れそうになりながらも、このパネルの中にきっと答えがあるはずだと、私は大真面目な気持ちで男性の写真を見つめる。
顎に軽く握った手を添え、少し上を向く男性。スッと通る高い鼻筋に、凛とした目つきが魅力的だ。深みのある緑色の瞳は、知的な雰囲気を漂わせ、不思議と視線を引き付ける力がある。少しウェーブした耳が隠れるくらいの黒髪も、とても男性に似合っていると思う。
しかし、ナンバーワンと書いてあるわりに、どこか儚げで少し陰のある表情が気になるところだ。
「でも何よりも問題なのは……」
この男性の容姿が、どことなく見覚えがあるような気がすること。それから、白いシャツの肩が片側だけ落ちていて、生肌が見えているということだ。
「うわぁ、えっろ」
思わず口にし、パッと両手で口元を塞ぐ。
「素敵な人でしょ。でもショーンは私の担当だから、色目を使ったら許さないから」
ニナ様はいつもより三割増し怖い顔をこちらに向けた。
「ニナ様の担当ってなんですか?」
頭の中に埋まった疑問が爆発しそうな私は、不機嫌なニナ様に構わずたずねる。
「恋人みたいなものよ。ほらいくわよ」
「恋人って、殿下を狙ってるんじゃないんですか?」
怒られるのを覚悟して聞いてみた。
するとニナ様は予想外の反応を返してきた。
「あんたって本当にお子様ね。結婚と恋愛は違うのよ」
大人っぽく断言するニナ様は、恋する乙女のように何だかとても幸せそうに見える。悔しいけれど、私はそんな彼女を一瞬だけ、かわいいと感じてしまったのであった。




