030 壁の穴からメイドはみた
エメル殿下に独り立ちすると宣言し、彼の元を飛び出してからすでに一カ月が経とうとしていた。
自己中心的なニナ様に八つ当たりされ、振り回されながらも私は何とか仕事を続けている。
正直やり返したいと願う気持ちは日に日に増すばかり。荒ぶる気持ちを何とか押しとどめる事が出来ているのは、メイド仲間がみな優しく私に同情してくれるからだろう。
そんな中、現在私は屋敷で同室となったメイド、ジュディと共にいる。
彼女と私は、使用人用に用意された小さな待機部屋にて、密かに悪いことをしている最中だ。
「お姉様が、また私の真似をしたの」
壁穴から覗き込む私の目に、夕食後のひととき。サザランド家の皆様が家族団欒している姿がはっきりと映る。
私が覗き見しているのはリビングとなる部屋で、各々お気に入りのソファーに座り、まったりとした時間を過ごしているようだ。
ちなみに家長である男爵は一人がけの重厚なソファーに腰を落ち着け、ぼってりとしたお腹の上に新聞を広げているのでこちらからは顔がよく見えない。
男爵のソファーの前にローテーブルが置かれ、そのテーブルを囲むように、コの字に大きなファーが壁に沿って置かれている。奥様、ニナは仲良く隣に。そして少し離れた所に、ニナ様のお姉様となるフローラ様が座り、静かに刺繍をしていた。
フローラ様はニナ様と違った美しさを持つ人で、切れ長の目、スッと通った鼻筋に薄い唇。顔立ちは大人っぽく、結い上げた髪はブラウンで艶やかに輝いている。
私がフローラ様と直接会ったのは数回ほど。しかも二言三言会話を交わしただけだ。それでも明らかにニナ様よりずっと、優しい雰囲気で感じの良い人だと思った。
どんな強風にでも耐える花といった力強いニナ様に対し、フローラ様は風に舞う花びらのように、どこか儚げな雰囲気で庇護欲をそそるタイプの美人。私は断然フローラ様派だし、世の中のほとんどの人は私と同じだと思う。
ひとつ言えるのは、以前シャローゼ様が口にされた通り、確かにサザランド家の姉妹は揃って美しい。それは間違いない事実だ。
「お姉様はまた私の邪魔をしたいんだわ」
ニナ様の声が響き、私は覗き穴の向こうに意識を集中させる。
「お姉様はいつも自分のことばっかり。少しは私の気持ちを考えてくれたっていいのに」
ニナ様は不満そうに頬を膨らませている。
「そんなつもりじゃ……」
「じゃあ何で私と同じ紫色のドレスにしたの?」
「それはニナがその色にしろって」
「そんなこと言ってない。お姉様ったらまた嘘をつくのね!!」
ニナ様が声を荒らげ、フローラ様を睨みつける。
「ニナ、そんなに興奮したらお肌に悪いわよ」
手元の雑誌に目を落としながら、呑気な声をあげる奥様。
「お姉様なんて嫌いだわ。大嫌い」
これ以上ないくらいはっきりとした、ニナ様から飛び出した拒絶の言葉。それを受けたフローラ様はどこか困った表情を浮かべたのち、膝の上に置いた刺しかけの刺繍に視線を落とす。
ニナ様のイライラが部屋中を覆い、まるで嵐が去るのをみんなで待つような、そんな緊張した沈黙の時間が流れる。
「二人で仲良く同じ色のドレスを着るのは無理なのか?姉妹で同じ色のドレスも、それはそれで目立っていいんじゃないだろうか」
沈黙を破ったのは男爵だ。彼は新聞に目を向けたまま二ナ様に提案する。
「お姉様と同じなんて無理です。どうせ私よりお姉様の方が目立っちゃうもの」
「そんなことないわ。ニナの方が……」
黙れと言わんばかり。ニナ様にキリリと睨まれ、フローラ様はまたもや刺繍とにらめっこをはじめてしまう。
「仕方ないな。ニナのために新しいドレスをもう一着仕立ててあげてくれ」
本心なのか、それとも面倒だからか。男爵は手っ取り早くお金で解決する方法を選んだようだ。
「はい、了承しましたわ」
奥様が返事をし、ニナ様は「ありがとう、お父様」と満面の笑みを浮かべた。終いには、男爵の肩まで揉み始めるという、サービスつき。
そんな中、フローラ様だけは悲しそうに眉を下げている。何だかこちらまでやりきれない気持ちで悲しくなる。
「ね、見たでしょ。いつもああやって、ニナ様はフローラ様を悪者にして自分の欲しいものを手に入れるのよ」
一つしかない貴重な覗き穴を譲ってくれたメイド仲間のジュディが、憤慨したようすで訴えてくる。もちろん小声で。
「つまり、フローラ様は嘘をついてないってこと?」
私も小声でジュディにたずねる。
「当たり前じゃない。ご主人様だってそんなことわかってる。でも強く言えないのよ」
「どうして?」
「フローラ様が前妻の子だからよ」
「えっ、そうなんだ」
私は素直に驚く。と同時にフローラ様とエマ様が全く違ったタイプの美人に見えるのは性格のせいだけではなく、そもそも母親が違ったからだと納得する。
「フローラ様は夜会にも出たくないの。だけど、ニナ様のわがままで連れ回されてるってわけ」
「どういうこと?」
「ニナ様は前妻の子をいじめてるって世間に知られたくないからよ。だから表向きは仲良し姉妹を演じてるってわけ。誰だって性格の終わってる女性なんて、結婚相手にしたくないでしょ?」
「それは言えてる」
ジュティの歯に衣着せぬ言い方に、私は少しスッキリし笑みを漏らす。
「とにかくこれでわかったでしょ?フローラ様がどんなに可哀想かって」
ジュディの言葉に力強く頷く。
常日頃からニナ様に八つ当たりされまくっている私も可哀想だが、ずっとこんな状態を耐えているのだとしたら、フローラ様の方がもっと可哀想だ。
「だから協力して」
意味深な笑みを浮かべたジュディは、私にぬっと手を差し出す。
「協力?」
いったい何の協力だろうと、私は首を傾げながらも差し出された手を握ってみる。
するとジュディは苦笑いしながら私の手を握り返してきた。
「握手もいいけど、お金を頂戴ってこと」
「え?」
私はパッとジュディの手を離す。
気のいいふりをして、もしかしてジュディはとんでもない悪人なのかも知れない。
私はジュディの隠された悪の心を見抜こうと薄目で彼女を見つめる。
「違う、違うってば」
「でもお金をくれだなんて」
怪しいでしかない。
「あのね、フローラ様には想い人がいるの。でもその人に会うにはお金が必要なのよ。もうすぐフローラ様のお誕生日でしょ?だから私達フローラ派はお金をプレゼントしようと思って」
ジュディは慌てたように経緯を説明する。
けれど、色々と突っ込みどころ満載な話だ。
そもそも会うのにお金が必要だなんて意味不明だし、フローラ様は騙されているとしか思えない。
「なんとなく理解したけど、フローラ様の好きな人って、なんでお金を――」
もっと詳しく聞き出そうとした時、部屋の中にメイドを呼ぶランプが光った。どうやら隣の部屋、つまり今まで覗いていた部屋の住人から呼ばれているようだ。
「あ、呼ばれちゃった。詳しい話は後で話すから」
ジュディは小さくくり抜かれた壁の穴を隠すように、勤務時間表を画鋲で刺して戻す。
聞きたい事は山ほどあるが、仕事を投げ出すわけにはいかない。
私は渋々諦め、お仕着せの灰色のワンピースに白いエプロンをかける。
「最終確認だけど、ティアはフローラ派だよね?」
私と同じように白いエプロンを頭からかぶりながら、ジュディがたずねてきた。
「もちろん、私はフローラ派よ」
私は迷う間もなく即答したのであった。




