025 遺物と殿下
私と殿下が同じお弁当を食べている事に気付いた勘のいいデミアン君。さらに彼は空想力も抜群なようで、私と殿下が付き合っていると勘違いしているようだ。
「ええと、デミアン君。色々誤解があるようなのだけれど」
一体私の素性をバラさずに、いかにして私と殿下の関係を説明するか。その最善策が思いつかぬまま、とりあえずその場しのぎの言葉を紡ぐ。
「まず、殿下と私の関係だけど」
「バレてしまったならば仕方ない。そうだ俺はティアリス嬢と付き合っている」
「は?」
私は頭が真っ白になった。
ますます状況を悪くするだけだというのに、どうしてこの状況でそんな嘘がつけるのだろうか。殿下の思考回路が読めなくてこわい。なにこの人、こわい。
「やっぱり。僕の予想は当たりましたね」
得意げな様子のデミアン君。
「あぁ、その洞察力は、遺跡発掘で大いに役立つだろう」
「あ、ありがとうございます。でもまずは、魔法研究所の入所試験に合格できるよう頑張ります!」
「期待しているぞ」
私を置いてきぼりにし、二人は会話を進めていく。
「えっと、エメル殿下?」
私はおずおずと声をかける。すると殿下はすくっと席を立ち、私の元へやってきた。
「すまない、ティアリス嬢。ちょっと付き合ってくれたまえ」
「え?嫌です」
野生の勘が働き、断固拒否した。すると殿下は私の腕を掴み強引に立ち上がらせる。そしてそのまま引きずるようにして、執務室の隣にある、殿下専用のプライベート空間、いわゆる仮眠室に、私を無理矢理連れ込んだ。
ぱたんとドアが閉められた瞬間、なぜか私は壁ドンされる。
「ティアリス嬢、すまない」
殿下はちっともすまないと思ってない様子で謝罪の言葉を口にする。しかもそんなに狭くもない部屋で、壁ドンされている意味もよくわからない。
「それはわかってます。それより、私の複雑な事情をはぐらかして、どうやって諸々の状況を説明するか考えないと。それと、壁ドンやめてもらえます?」
「面倒だな」
「今なんと?」
私は思わず眉をひそめる。
「人間の脳は一日に選択できる数が決まっている。だから決められた選択回数を有効に使うため、服は同じものを数着揃え着回している」
「な、なるほど?」
殿下がお洒落に興味がない。
その理由がたった今明らかになった。
しかし今はそんなことはどうでもいい。
「それに第二とは言え、皇子である俺の選択が、この国の未来を良くも悪くも変えてしまう場合がある」
「それは、そう」
思わず納得。
「よって、俺は決断の質が低下……つまり決断疲れの症状が起きないよう、気を使って生活をしているつもりだ」
素直にそれは大変そうだなと思う。ただし、この話が私と殿下の問題にどうつながるのか読めない方が、気持ち悪くて気になる。
「できるだけ決断の数を少なくしたい。よって、俺は決断すべきことに優先順位をつけている。しかし残念ながら今回のようなケースは、そのどれもに当てはまらない」
「だから、何なんですか」
お昼ごはんも食べてないし、殿下のいちいち回りくどい言い方に、だんだんイライラしてきた。
「つまり、俺は面倒が嫌いなんだ」
「私だってめんどくさいより、簡単がいいです」
私の言葉を受け、殿下はムッとした表情でことらに顔を近づけ、至近距離で見つめてきた。
「ちょっと、近いです」
私は軽くパニック状態だ。
「君と付き合っていると言っておく方が、色々と説明せずとも済むじゃないか」
「…………」
殿下の血迷った結論に、呆れてものが言えない。
「それに俺は、別に君でもかまわないような気がしてきた」
好意を微塵も寄せていない相手に壁ドンされながら、顔を近づけられ、終いには「別に君でもかまわない」という投げやりな言葉をかけられてるという意味不明な状態に、くらりと目眩を覚えた。
「実のところ、俺は君のことを知りたいと常々思っていたし」
「と、とりあえす、落ち着きましょうか?」
殿下と物理的な距離を取りたいと手を伸ばす。するとその手を殿下は掴み、ジッと私を見つめた。
「君がどのように育って、何を思い世界を救う旅に出たのか。そして君のいた時代の人々はどのような暮らしを送り、何を願って生きていたのか。魔導技術が発達していない時代に、人々はその知恵をどうやって生活に活かしていたのか。その全てを俺は君を通して知りたい」
殿下はまるで熱にうなされたように、私にねっとりとした視線を送ってくる。
見目麗しき男性の艶めかしい表情は、老若男女問わず心ときめくものなのかもしれないが。
「それって、完全に私を遺物扱いしてますよね?」
私はズバリ、殿下の心を暴いてやった。
忘れてはいけない。目の前の人物は「いっそ法律で相手を勝手に決めてくれとすら思う」と言い放つ、結婚や恋愛にまるで興味がない男だ。そんな彼が唯一熱量を持って興味を示しているのは、遺跡から出土、発見された過去の文化を示す品々。
いわゆる遺物だ。
そして私は百五十年前に封印された塔から、ある意味出土されたと表現される人間。
つまり、彼の目には古いもの。違う時代を生きたものだから一時的に魅力的に映っているという可能性が高い。というか絶対そうだ。
だけど私は今を生きると決めたばかり。
「殿下が私でもいいとおっしゃられるのは、研究対象として私に興味があるからですよね?」
「あぁ、その通りだ……たぶん」
殿下は悪びれた様子なく答える。
「とはいえティアリス嬢には悪い事をしたと思っているのも本心だ」
急に真顔になると私に謝罪の言葉を口にする。そして私の手を解放すると同時に壁ドンも終了。ようやく殿下は私から距離を置いてくれた。
コロコロ変わる、情緒の波は一体なんだ?
もしかして、やばい人なのか?
私は混乱を極め、怪訝な表情で殿下を見つめた。
「知り合いはみな他界し、右も左もわからぬ状況でいきなり生きろ。そう言われた所で俺なら困る。どうして塔の中から無理やり出したと怒りすら湧くだろう」
「それは、まぁ」
確かに最初はそんな感じだった気がする。過去を思い出し、みんなのいる時代に戻して欲しいとすら願ったこともある。けれど先に行った仲間達が余生をしっかりと生き抜いた事を知り、今は少しずつ前を、未来を考えられるようになった。
「俺が、君の力になりたいと願う気持ちは本物だ」
「勝手に遺物を掘り起こした贖罪としてですよね?」
私の問いに、殿下はしばし考える様子を見せ。
「あぁ、そうだろうな……たぶん」
またもや「たぶん」を付けたが、素直に認めたと言っていいだろう。
「だったら、偽物の恋愛感情を押し付けないでください。今は頼りっぱなしだけど、私はいつか殿下の元から独り立ちするつもりだし、過去で味わえなかった普通の人生を送りたいんです」
私は勢いにまかせ、ここぞとばかり本音をぶちまける。
「だってそうでしょう?年頃の二人が同じ屋根の下ってやっぱり世間体も悪いし。それは百五十年前も今も、みんなに噂されても仕方のない事なんです」
あえて、殿下を突き放す言葉をかける。
勿論悪いのは殿下だけじゃない。殿下の施しにいつまでも甘えていた私も悪い。
もうすぐ出会って半年になる。時期的な区切りもちょうどいいし、これはもう、お互い潮時なのかも知れない。
恩を仇で返すようで申し訳ないけれど、今日を逃したら、いつまでも私は変われない。
私はクッと顔をあげる。
「私はあの屋敷をでます。それと、今日限りでお仕事を辞めさせて頂きます。今までありがとうございました」
私は最後だからと、今までの感謝の気持ちを込め、しっかりと頭を下げる。
色々あったけれど、エメル殿下に助けてもらわなければ、この世界で生きて行けなかった。それは確かな事実だ。
最初に手を差し伸べてくれた人がエメル殿下で良かった。そう思う気持ちだけは本心だ。
私の言葉を受けた殿下は真剣な表情で私をみつめる。
「君の決意は固いんだな?」
「はい」
「そうか。俺の出番は終わったということか」
殿下はふいに力が抜けたように肩を落とす。
「……了承した。ならば、頑張れと背を押すしかない。君ならどこでもやっていけるはずだ。なぜなら」
エメル殿下の言葉が途切れ、私は彼の瞳を見つめた。
その瞳は、いつものように深紫の輝きを放っている。
「なぜなら、君は世界を救った英雄だからな」
力強く言い切った言葉とは裏腹に、こちらを見つめる殿下の表情は、少しだけしょんぼりしているように見えた。
そんな殿下の姿を目の当たりにすると、まるで私が悪いみたいで、胸が苦しくなる。
けれど、別れというものはいつだって悲しみをまとうものだ。それを振り切らなければ、新たな一歩は踏めないし、世界は広がらない。
「殿下も研究、頑張って下さい」
私は心を奮いたたせ、最後に笑顔でそう伝えたのであった。




