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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第二章 とりあえず、巣立ちます
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024 無自覚な殿下

 アルカディア帝都大学、文学部歴史学科三年、デミアン青年もとい、デミアン様が殿下付きの助手となって、はや一ヶ月。


 彼は私の子分として、目覚ましい成長を遂げていた。


「ティアリス嬢。ここの翻訳なんですど、間違っていませんか?」


 エメル殿下の執務室内、向かい合わせに置かれた机の向こうから声が飛んできて私は顔をあげる。


「まちがいですか?」


 この私が?と心で付け加えておく。


「ここの部分です」


 彼は先程私が翻訳したばかり。分厚い書類の中から一枚紙を抜き、こちらに差し出してきた。


「セリノスアレーンスラが示す星屑ではなく、セリノアレーンスで示されたで満月のことじゃないかと」


 デミアン様に指摘された部分に視線を落とし確認すると。


「あ、ほんとだ」


 確かに私が翻訳ミスをしていた。


「そんな初歩的なミスをするだなんて、まさか老眼……」


 私は恥ずかしさのあまり、わざとらしく机に倒れ伏す。


「ティアリス様はまだ二十歳なんですよね?」


「ええ、そうよ」


 答えながら、私はいじけた心で百七十三歳だけどねと付け加える。


 実際のところ帝国暦を信じるならば確かに百歳超えではある。しかし、体感は二十歳そこそこで間違いない。果たして私の本当の年齢は、もはや神のみぞ知るといった感じなのだろうか。


「じゃあ、安心して下さい。老眼ではないですから。ここ、修正しておいていいですか?」


「お願いします」


 答えながら出来の良い弟子で助かると、心からデミアン様に感謝する。


「それにしても、本当にデミアン様は物覚えが早いですね。すごいなぁ」


 私は驚きの速さで古代語をモノにするデミアン様に賛辞を贈った。


 流石はアルカディア帝都大学生だ。こういう生徒のために税金が使われるのならば、湯水のごとく使ってくれてかまわない。


「お褒め頂き光栄です。あと、何度も言ってますけど、自分の事は呼び捨てでいいですよ。それと敬語もやめて下さいね」


「んーでも、デミアン様は二十二歳でしょ?一応年上だしなぁ」


「それを言ったら、ティアリス様は僕の古代語の先生ですし。それに敬語を使われるといつまでも距離を取られているようで、少し悲しいです」


 デミアン様はシュンと伏目がちでしょんぼりとした表情になる。


 まるで私が意地悪をしているような気分になってきた。


「わかった。じゃ、これからは敬語もやめるし、デミアン君って呼ぶね」


「んー、まぁいいでしょう」


 にこりと笑う彼の笑みは、以前よりもずっと柔らかくなっている。それを見て、私はなんだか嬉しくなった。


「ティアリス様、今修正したところです。ダブルチェックお願いします」


 先程私が犯した翻訳ミス。それを修正したものを、デミアン君が私に戻す。


 今度は私がそれを確認し、間違いがなければ、このページの翻訳は完了だ。


 面倒だけれど、間違った翻訳のまま未来永劫晒されるのは恥ずかしいし、未来の人も大迷惑だ。


 だからこの作業はとても大事なものなのである。


「はい。お見事です、デミアン君」


 私は受け取った書類に眼を落とし、修正した翻訳が合っている事を確認した。


「ティアリス様の指導のおかげです。おかげさまで、この一ヶ月でだいぶ理解が深まりました」


 少し照れくさそうに微笑んで、デミアン君は謙遜する。


「私の指導のおかげって言ってくれるのは嬉しいけど、半分以上はデミアン君の努力だよ。そこは自分を褒めてあげてね」


「そうですね。自分を褒めたいと思います」


「そうそう、その調子。あー疲れた。そろそろお昼かなぁ」


 私は凝り固まった肩を二度三度回す。すると執務椅子に腰掛けていた殿下と目が合った。


「捗っているようだな」


「はい。デミアン君が優秀なので、以前より倍速で進んでおります!」


 元気に答えてから、しまったと思った。

 何故ならエメル殿下がシュンとした表情になったからだ。


 実のところデミアン君が採用されるまで、この作業は殿下と共に行っていた。


 もちろんエメル殿下もデミアン君に負けないくらい、飲み込みは早かった。


 ただどうしても殿下の場合、翻訳した部分に対する自身の講釈を挟むので、どうしても時間がかかってしまいがちだったのである。


 その点デミアン君は黙々とこなしてくれるため、仕事のスピード的には、どうしたってデミアン君に軍パイが上がってしまう。


 だけどそれをあからさまに褒めると、なぜか殿下がしょんぼりした雰囲気を醸し出してくる。


 だから私は上司である殿下のご機嫌を取るべく、殿下の有用性も讃えなくてはならないわけで。


「で、でも殿下の古代魔法の講釈をがないと、本当にこの翻訳でいいのかなって、不安になります。ね、デミアン君!!」


 私は机の下で向かい側に座るデミアン君の足を軽く蹴る。


「うわっ、えっ?」


 慌ててた様子で顔を上げたデミアン君に私は目力を込め、語りかける。


「デミアン君も殿下は、やっぱり凄いって、私達のチームには必要不可欠だって思うよね?」


「も、勿論です。エメル殿下の最近の論文を拝見させて頂きましたが、斬新な切り口でしたし、それまでどこか神様のような存在だと思っていた賢人達が、一気に身近に感じられました」


「ん、なにそれ」


 私は初めて聞いたと、身を乗り出す。


「先日発表された、封印の塔の中間調査報告書に添えられた、殿下の論文ですよ。あの塔に封印されたとされるティアリス様がいたであろう証拠についての分析がされているものです」


「何それ、初耳なんだけど」


「事細かに記されていましたよ」


「事細かに?」


「はい。例えばどのような魔法がかけられていたかとか、一日の行動スケジュールの推測ですとか、食事内容とか」


 一日の行動スケジュールと聞き、私はピンとひらめいた。

 それは多分私が遺跡泥棒と疑われていた時に、事細かに根掘り葉掘り聞かれ、白状せざるを得なかったやつに違いない。


「殿下、あとでその中間報告書と論文を私にも見せて頂けますか?」


 私は怒りを押し殺し、殿下にお願いをした。


「ふむ。しかしどこにしまったものやら……。最近疲れが溜まっているのか物忘れが激しくて」


「殿下は、嘘が下手すぎます。お爺さんの真似が下手すぎます」


 私はエメル殿下をにらみつける。


「しかし、悪い事はしていない。世界を救った英雄がどのような食生活を送っていたかはみな気になるだろうし、塔に封印されてからどんな事を思っていたのだろうとか」


「確かに気になりますよねぇ」


 事情を知らないデミアン君が呑気な相槌を打つ。


「いくら英雄だって、賢人と呼ばれていた人だとしても、私生活が暴かれる事は望んでないと思います」


 おかしな話だが、私は自分の気持ちを代弁する。


「殿下だって皇族だからってみんなに私生活を探られたら嫌じゃないんですか?」


「む、そうだな。すまない」


 エメル殿下が申し訳なさそうに身を小さくした。


「あの、ずっと気になっていたんですけど」


 デミアン君がおずおずと口を開いた。


「殿下とティアリス様って、付き合ってるんですか?」


「「は?」」


 私と殿下の声が重なる。


「デミアン君、今なんて言った?私が殿下と付き合ってる?」


「はい。庶民であるティアリス様と皇族である殿下の結婚は難しい。けれど結婚という制度にこだわらず、一緒に住んでいるんじゃないかとすら疑っていますけど」


「お、おいっ」


 殿下が慌てた様子でデミアン君の言葉を遮る。


「一体どうしてそんなふうに思ったの?」


 私は努めて冷静な声を出す。


「二人が毎日食べているお弁当。それが大きさこそ違えど、全く同じ内容だからですよ」


 デミアン君はさらりと答える。


「お弁当……」


 私は思わず言葉を失う。


 確かに私と殿下は屋敷のシェフに作ってもらったお弁当を持参している。


 その理由は、殿下は毒見済みの料理が用意された、皇族専用の食堂に行くのが面倒だから。そして私の場合、殿下にお支払いしている雀の涙程度の居住費に、食費もまるっと含まれているからだ。


 でも言えない。

 そんなこと、言えない。


 一体どうこのピンチを切り抜けるか。


 私は思考をフル回転させたのであった。

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