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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第二章 とりあえず、巣立ちます
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022 嫌がらせ文化は廃れない

 私とシャローゼ様はビューティーサロンを出たその足で、女子会第二弾と意気込み、以前訪れたことのある、パフェが美味しいのお店に向かった。


 お得意様であるシャローゼ様のお陰で、難なく個室に通された私は、悩みに悩んだ末、またもやメロンパフェを注文し、その美味しさを心ゆくまで堪能した。


 個人的には新しいパフェにチャレンジしてみたい気持ちもあった。けれどメロンパフェは期間限定。今しか食べられない貴重なパフェだと聞き、メロン以外の選択が消え去った。


 後悔はしていない。

 むしろ確約された美味しさは幸せの上塗りでしかない。


 色々と満たされ、幸福度マックスな中。私はシャローゼ様に、最近とても気になっている件を相談した。


 そして状況を一通り話し終えたところで。


「それはまた……ずいぶんと分かりやすい嫌がらせを受けてるのね」


 黙って静かに聞いていたシャローゼ様が、同情するようにそう言ってくれた。


「やっぱりそうですよねぇ……」


 紅茶を飲みながら、私は脳裏に一人の女子生徒を思い浮かべる。


 美しく波打つ腰まである長い髪はゴールドが強めのブロンド。琥珀色の瞳に、くっきりとした目鼻立ちが際立つ彼女は、女子生徒の中でもパッと目を惹く華やかな印象のある子だ。


「で、ティアリス様に嫌がらせをしている子の名前は?私の知ってる子かしら……」


「ニナ・サザランド。ニナって、友達からはそう呼ばれています」


 そう、私に渡した紙を抜き取り、悪びれる様子もなかったあの子だ。


 ことの発端は、紙で手を切った一件で間違いない。


 その時は「何となく感じの悪い子」としか思っていなかった。しかしエメル殿下の補佐として翌週の授業に参加したところ、私が定位置とする関係者席の椅子に画鋲が置かれていた。


 さらに次の授業では、私が座る席の机の上にカラスの羽が一枚これみよがしに置かれており、そしてついに昨日。私は直接ニナという子から、ランジーという黄色い花を手渡されたのである。


 ニナから花を受け取った直後、私はかつて聖女クラリス様と旅の途中に交わした会話を思い出した。


『この花はこんなにも役に立つの花だったのね』


 私はクラリス様と横に並び、一緒に道端に咲くランジーをつんでいた。


 なぜならランジーという花は綺麗な花でもあり、古くから防虫効果のある花としても有名だったからだ。


『とても綺麗で目の保養にもなるし、一石二鳥とはまさにこのことだね』


『そうね。でも社交界では宣戦布告の花として有名なのよ?』


『そうなの?』


 はじめて知ったと驚きつつ、私は足元に咲くランジーを見つめる。

 鮮やかな黄色の小花が可憐なイメージだ。


『こんな可愛くて役に立つお花が宣戦布告に使われるだなんて、可哀想』


 私は思ったことそのままを口にする。


『ほんとにそう。お花に罪はないのにね』


 隣に並ぶクラリス様は突然、何かを思い出したかのようにクスリと笑みを漏らす。


『そういえばエリオドア様とパーティーを組む事になってから、私はこの花を山ほど手渡されたの。それはもう列を成すほどたくさんの子に』


『え、どうして?』


 私は驚き、手をとめクラリス様の横顔を見つめる。


『それはね、エリオドア様を狙う女の子達が私に嫉妬したからよ』


 あっけらかんとした表情のまま、クラリス様は私に衝撃の事実を告げた。


 その事を思い出した私は、一つの可能性に行き着く。

 つまり、私はニナからわかりやすく嫌がらせをされているのではないかと。


 しかし私が知らぬ百五十年の間に、万が一これらの行為に嫌がらせ以外の意味があるのかも知れないと思い、念の為シャローゼ様に相談するに至ったという状況だ。


「その子なら知ってるわ。サザランド男爵家の次女ね。あそこは美人姉妹と社交界で持て囃されて、二人してランス殿下を狙っていたから」


「確かに周囲の目を惹く、美人な子です」


 性格がどうであれ、その点だけは間違いない。


「でも昨年、ランス殿下はベアトリア様っていうグレトリー伯爵家のご令嬢と婚約なさったの。だから今度はエメルに鞍替えしたのね」


 シャローゼ様は納得の表情でうなずく。


「そういう経緯があったんですね」


 腑に落ちた気持ちで相槌を打つ。


「で、どうするつもりなの?てっとり早い方法は、エメルに言いつける事だと思うけど」


 シャローゼ様に問われ、私は首をふる。


「私がエメル殿下の婚約者だったら、喜んで告げ口します。でも今回はエメル殿下には関係がないことなので、報告はしないつもりです」


「それを言ったら、ティアリス様だって、勝手に嫉妬されているだけじゃない」


 納得がいかないといった様子で、シャローゼ様が口を尖らせる。


 それはそうだ。正直なところ、意地悪されっぱなしは理不尽だし、私の性格的にはやり返したくて仕方がない。


 けれど、あの時クラリス様は言っていた。


『それで、宣戦布告されたクラリス様はどうしたの?』


 一体どんな武勇伝が聞けるだろうと、期待を込め、クラリス様の言葉を待つ。


『無視したの。相手にしないのが一番だもの』


『でもそれじゃ、やられ損じゃない』


 肩透かしを食らった私は正直な感想を述べる。


『そうね。やり返した方がずっとスッキリすると思う。でも相手にすればするほど向こうも白熱して応戦してくるわ。でも私は嫉妬して嫌がらせをするような子と、同じにはなりたくないもの』


『まぁ、わからなくはないけど』


 私はどこかモヤモヤした気持ちを抱えた。


『でもこっちは何も悪くないじゃない』


 納得できない気持ちを吐き出す私。

 するとクラリス様はニコリと微笑む。


『やり返したら、自分で自分の価値を落とす事になる。そんな子、誰も好きになってくれないわ。それに嫉妬する時間があるなら、好きな人に振り向いてもらえるよう、努力する時間にあてれば良い。そう思って頑張ったから、私は今このパーティーの仲間になれたのよ?』


 クラリス様はおどけた様子で私に告げた。


 その時を境に、彼女は治癒魔法が得意で見た目がいいからチヤホヤされているだけ。

 たぶん周囲の評価ほど、実力はないはずだ。


 心のどこかで、そう思っていた自分の認識を改めた。


 今となっては懐かしい思い出だ。


 私はついうっかり思い出した大事な記憶に蓋をする。

 そして紅茶を一口飲み、目の前にいる、現在進行系の友人に意識を戻す。


「シャローゼ様、今日は貴重なお時間と情報をありがとうございました」


 誰かに話すことが出来る。

 それだけで、心が軽くなった気がする。


 だから、できれば私がここの代金を支払いたいくらい。

 そのくらい彼女には色々と感謝している。


 けれど今は自分の代金を払うので精一杯。


 色々と良くしてくれる恩は、いつか必ず返そうと私は密かに誓う。


「気にしないで。それより本当にやり返さないの?」


「はい、しません」


 クラリス様を見習い、私はきっぱりと断言する。


「あなたがそれでいいならとやかく言うつもりはないわ。だけど後がない人間は思いもよらぬ方法を取ることもあるのよ?たかが嫉妬だと軽く見ないで、色々と気をつけたほうがいいと思う」


 シャローゼ様は改めて私に忠告してくれた。


「ありがとうございます。でもきっとこちらが無視をし続ければ、向こうも諦めるはずなので」


「そっか。でもなにかされたら教えなさいよ?」


「はい」


 最後まで私の心配をしてくれるシャローゼ様。

 まるで自分のことのように親身になってくれる彼女はいい人で間違いない。


 そしてそんな素敵な人を紹介してくれた、エメル殿下にも感謝だ。


 その時の私は、ここが私の良く知る世界の百五十年後だということをすっかり忘れていた。


 エーテルを使った通信網が発達し、魔導具で溢れたこの世界の嫌がらせは、私の想像を遥かに超えていた。


 あの当時、クラリス様が嫌がらせを傍観できたのは、今よりずっと昔だったから。


 私は後に痛い目を見て、初めてその事を知るのであった。

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