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遺物扱いされる私と、遺物マニアの皇子殿下  作者: 月食ぱんな
第一章 ここは百五十年後の世界
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002 変化は突然訪れる

 ざっと数えて、二年ほど。

 私は自ら内鍵をかけた封印の塔内部において、未だ生きながらえていた。


 いや、むしろ生活必需品が完全に完備されたそこで、快適な生活を送っていると言っても過言ではない。


 というのも何層にも連なる塔内部には、今は失われたとされる幻想魔法により、人が快適に過ごせる工夫が随所に施されていたからだ。


 居住空間となる塔内部の一部は緑で溢れ、常に快適な温度で保たれている。しかも、その快適なエリアに設置された一軒家には、冒険中にはめったにお目にかかれなかった、寝心地の良いふかふかなベッドをはじめとする、生活用品一式が取り揃えられていた。


 それから作物を育てられる畑に、ろ過せずとも美しく透き通る水で埋まる大きな湖もある。さらには私にとって、娯楽施設となる図書館までもが完備されているという状況。


 つまり現在の私は魔法の力で自給自足をこなし、この世界の過去を読み解くには、まだまだ時間が足りないと感じてしまうほど膨大な書物に囲まれ、のんびりと悠々自適な生活を送っている。


 正直なところ、私が未だ「生きている」という確証を得ているわけではない。


 なんせ閉じ込められ、人との関わりが絶たれた状態。よって誰かに私を客観的に認識してもらうことができないからだ。


 けれど私は塔内部で規則正しく毎日目覚め、それなりに活動しお腹も減る。


 それに加え、壁にかけられた鏡を覗き込めば、塔内部に鍵をかけたその日のまま、変わらぬ私がそこに映るという現実。


 だから多分、塔に残ることを決めた時のまま、私はティアリスという人格や見た目のまま、変わらず生きているのだろうと、日々自分に言い聞かせている。


「それにしても」


 私が生まれるより遥か昔。

 今は古代人と呼ばれるようになった時代に存在していた、大魔法使い、もとい賢人さま。


 彼らによって建造されたとされ、「ありとあらゆる魔法の知恵に技術が封印された建造物」という触れ込みであった封印の塔。


 そんなまことしやかに一部で囁かれていた前評判は、あながち間違いではなかったようだ。


 残念なのはただ一つ。


 この調査結果と発見を、私はもう誰かと共有することが、かなわないことである。




 ※※※




 変化は予兆なく起こった。


 その日私はいつも通り、お気に入りのティーセットと共に図書館を独り占めし、塔に差し込む、たぶん午後の朗らかな日差しを満喫していた。


 他人がいたら「歴史的価値ある文献が汚れる」と注意の一つもかけられるような状況だ。


 けれどここには私を咎める人はいない。

 だからのんびりとした午後のティータイムを楽しんでいた。


「記憶が正しければ、今日は私の誕生日で塔に引きこもった日なはず。はっぴーばーすでーわたしぃぃ」


 自分で自分を祝う歌を口にし、虚しくなってすぐにやめた。


 惜しくも私は自分の二十歳の誕生日に塔に残った。

 ある意味仲間への、世界への最高のプレゼントを送ったことになる。


「いや、誕生日って普通私が何かもらう日なのでは?」


 指摘するも、いまさらだ。


 その時ふいに、いつもは感じない、乱れたエーテルの流れを感じた。それから時を置かず、私の元に大きな衝撃と音が到達する。


 あまりに無変化で平坦な日々に慣れきっていた私は、驚きのあまり椅子から転げ落ちた。


 それでも急いで塔の変化を感じ取ろうと、床に打ったため、かなり痛むお尻をさすりながら、片手に持った杖をいつでも魔法が打てる状態に構えた。


 と、そこまでは覚えている。


 けれどいま、朦朧とする私が感じとれるのは、外界から送り込まれる新鮮な、生きた空気。


 それはとても懐かしく感じるもので。

 諦めつつも私が待ち望んでいたもののようで。


 やっと外に出られる。


 そう安堵した瞬間、私の記憶はぷつりと途切れたのであった。




 ※※※




「塔内部……生活……痕跡……不法侵入者……」


 微かに聞き取れる男性の声。


「服装……浮浪者かと」


 また別の男性の声がする。


「つまり我らの監視の目をかいくぐり、塔内部を犯罪者が隠れ蓑に使用していた可能性があるということか」


「しかし、あれの出現報告を受けたのち、我々が現地に赴き調査を開始してからは、ネズミ一匹足りとも近づけなかったはずだ」


「となると、この子は帝都の本部に報告が上がる前にあの塔に住み着いていた可能性が高いというわけか」


「でもあれは、どうみたって古代の遺物ですよ。開錠するのだって、それなりに大変だったじゃないですか」


「確かに建造物の構造様式、そして建物を覆う高濃度エーテル反応からするに、古代の遺物で間違いないはずだ」


「だとすると、この子は一体何者なんだ?」


 頭上で交わされる会話の内容は、正直わからないことだらけだ。ただ、目を閉じていても私は数人から見下ろされているのを感じている。


 妙に居心地が悪いし、目を開けるタイミングをすでに逃した気がしなくもない。


「この件を本部に報告はしたのか?」


「もちろん。ランス殿下によると古代魔法研究所の者達がこちらに向かっているらしい。彼らは遺跡発掘用の機材を搭載した高速飛空艇でこちらへ向かってるとのこと。早ければそろそろ到着するんじゃないか?」


「うへぇ、あいつらが来るのかよ。勝手に触れるなとか、丁寧に扱えとか、遺物オタクはいちいち細かいしうるさいんだよなぁ」


 心底うんざりとした声で愚痴る男性。


 どうやら私が塔に引きこもっている間に、私が属するアルカディア帝国には、古代魔法研究所なる機関が設立されたようだ。


 会話から察するに、色々と不明で不可解な点が多い。けれどもしかしたら、遺物オタクと称された機関には、メレデレクあたりが関わっている可能性が高そうだ。


 何故なら普段無表情を貫き通す彼が、冒険の合間に各地の遺物をこっそり収集していたことを私は知っているから。


 だとすると、見知った人間が到着するまで、ここは寝たふりを決め込んだ方がいいかも知れない。


 それに数年ぶりに最初に言葉を交わすのが、かつての仲間だなんて、だいぶ感動的だし、何なら運命を感じなくもないし、センセーショナルな感じがする。


 私はついうっかり緩みそうになる口元に気付き、慌てて掛け布団で口元を隠した。


 するとガチャリと扉が開く音が響き――。


「もしかして我らは歓迎されていないのだろうか」


 嫌味たっぷりなセリフを吐き出す、新たな声。


「「「エメル殿下!!」」


 思わず耳を塞ぎたくなるような大きな声。

 それから部屋の中を漂うエーテルの波長の中に、今までとは打って変わり緊張が混じるのを感じた。


「封印の塔の開錠作業は我々、古代魔法研究所の面々が到着するまで行わないと約束したはずだ。そもそも君たちの任務は塔の監視のみだったはずだが」


 ピリリとしたエーテルを纏い、明らかにこの場にいる者をまとめて咎めている声がする。


「ええと、それは」


「しかも報告によると、エーテル分散機をフルパワーで稼働させ破壊をもって侵入という、実に野蛮な方法で塔の封印を解いたとか」


「ぎくり」


「そ、それはランス殿下の号令でして」


「まさか開くだなんて思ってもなかったし」


「どうやら君たちはあれをただの遺物だと、そう勘違いしているようだから言っておくが」


 すぅぅと息を吸い込む音がした。


「いいか、あれは第一次エーテル災厄の際に消失されたとされる封印の塔だ。封印の塔、つまりそれは百年前の魔物との戦争において、この世界を救った英雄とされる賢人のお一人。ティアリス様ごと封印されし聖なる古の塔だと言われているものなんだぞ。それを野蛮な方法でこじ開けるなど言語道断。今すぐ始末書を……いや、君たちは己の解雇をかけ、誠意ある嘆願書を皇帝陛下に今すぐ提出すべきだな」


「た、嘆願書!?」


「そ、そこまでですか?」


「オンボロの塔なのに!?」


 最後に放たれた言葉に、部屋に漂うエーテルが凍りつくのを感じる。


「嘆願書は、一人最低二万文字は必要だからな!!」


 やたらお喋りな人の怒りが爆発したようだ。

 室内のエーテルまでもが大きな悲鳴をあげている……気がする。


「すまなかったエメル。全ての責任は私にある。これ以上私の部下を責めないでくれ」


 扉が開く音と共に声が飛び込んできた。どうやらまたもや新たな人物が、この会議に参加してきたようだ。


「「「ランス殿下!!」」」


 またもや緊張を含む大きな声が部屋の中に響く。


 というか、大気中に漂うエーテルの波動で測定するに、そんなに広くないと思われる部屋に現在少なくとも、五人以上もの人間がいると推定できる。


 人から発せられるエーテルの波動。

 それを数年ぶりに一気に浴びた私。


 その状況をわかりやすく例えるならば、断酒後に突然浴びるようにお酒を提供されたようなもので。


「まずい、エーテル酔いしそう」


 思わず呟いたのち私は頭痛に襲われ、またもや意識を失ったのであった。

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